031

壊れた髪飾りを手にトボトボと修練場に向かう。何と言おうか。言い訳なんてしても結局は私のせいだし、壊れてしまった、壊してしまったと素直に頭を下げよう。シスイさんの優しさに甘えるようだけれど、きっと彼は許してくれるから。

「どうした?」
「へ…?」

修練場に続く階段を降りようとした時、声をかけられた。これはシスイさんのものじゃない。
振り向くとそこには面をつけた人が立っている。

「…………」

暗部の面だ。一瞬妖怪かと思って叫びかけたが、見知った彼の装束と一緒だと分かればなんてことはない。

「えっと…」
「ひどく落ち込んでいたように見えたが…」
「あ…」

心配そうなその声は聞いたことがあった。見た目のせいで誰だかわからなかったが、これは…。

「イタチさん…?」
「ああ、そうだが。………すまない、面をつけたままだったな」

彼は少し前かがみになると面を外す。そこには見知った顔があって、ふぅと安堵のため息を漏らしてしまう。そんな私に彼は再度「すまない」と苦笑する。

「まだ面に慣れなくてな」
「暗部…入隊したんですね」
「ああ」

シスイさんと同じだ。なんて、口が裂けても言えなかった。親友同士なのだから大丈夫だと思う反面、どうしても言ってはいけないような気がして。

「イタチさんは警務部隊にはいかなかったんですね…」
「サスケにもせがまれていたが、俺には闇の方が落ち着く」
「そ、そんなこと…っ」

今すぐにでもどこかに消えてしまいそうな雰囲気に心が締め付けられそうになる。イタチさんに闇なんて似合わない。あなたは私にとっては憧れで、光なのだ。

「髪飾り…」

彼は伸ばした手で私の髪をするりと撫でる。同時に頬にも指が当たるので少し身じろぎしてしまう。

「つけてくれているんだな」
「はい…。その、嬉しかったので…」

手にした壊れた髪飾りは見つからないようにぎゅっと握って視線を下ろす。それを何だと思ったのか、イタチさんは「悪いな」と短く謝り、手を離した。

「そろそろいかないと怒られそうだ。入隊早々目をつけられたらたまったものじゃない。…じゃあ、俺はいく」
「あっ…!」

踵を返し、跳躍の準備を始める彼の服の裾を咄嗟に掴む。彼はピタリと動きを止めると、こちらを振り向いて微笑んだ。

「あの、私…」

今のイタチさんに何を言えばいいのかがわからない。何でこんなにも苦しいのかもわからない。何もわからない。
ただ、サスケくんが言っていた気持ちは今なら痛いほど分かる。
なぜこんなにも消えてしまいそうなの。サスケくんをおいてどこかにいかないで。どこにもいかないで。

「許せ、ながれ」

イタチさんは私の目の前にしゃがみこむと、いつものように小突かずに、額に口づけを落とした。冷たい感触に、心がふわりと浮き上がる感覚。

「…母上が俺によくしてくれた。今のお前にはこちらの方がいい気がしたんだ」
「……っ」

口づけを落とされた額を押さえて、彼を見上げる。イタチさんはいつものように曖昧に笑むと「また今度な」と跳び上がった。

一瞬の接触。果てしない不安に襲われるような気持ち。それは全て、彼の唇が震えていたからだろうか。

「苦しい…」

強く握った髪飾りは私の手のひらに五つの痣を作っていた。


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