028

「釣れた!!」
「おー!大物だなあ!」

アカデミーがない休日、私とシスイさんはなぜか森の中を流れる川に釣り糸を垂らしていた。
経緯は全くといっていいほど分からない。ただいつものように修練場にて一人でクナイを投げていたら、やってきたシスイさんにここに連れてこられたのだ。残念だが、これ以上説明できるものはない。

「シスイさんはいかがですか…?」
「小さいのを何匹かだな」
「これ、食べれます?」
「おう、食える食える」
「へぇ!あとで焼いて食べましょうよ!」
「それもいいな!」

理由は分からなくともこうして二人並んで釣りをするのはとても楽しい。私は釣り自体が初めてなのだが、シスイさんはとても教え上手であるから一瞬で釣れるようになった。しかも今日は非常にかかりがいいらしく、素人目にもわかるほど大量である。桶の中の魚がぎゅうぎゅうになって泳いでいるのを見ると少し可哀想にも感じたが、全部食べるから問題ない。

「でも、いきなりどうして釣りなんて?」
「釣りというか…食料調達っていうのは大切なんだよ。これから大きくなって中忍になって、長期任務やら、野宿せざるを得ない任務やらについた時、こういうのは本当に役に立つ」
「なるほど…」
「というのは建前で」
「え!?」

とても感心したし納得したし正論を仰っていたはずのシスイさんがニヤリと悪い笑みを浮かべる。せっかくのいい話が…。

「家の中を整理してたら釣竿が出てきてな。ちょうど二本あったからたまには息抜きも必要だと思って持ってきたんだ」
「整理…?」
「ん?ああ、ちょっとな」

シスイさんはそうやってまた笑う。私が神経質すぎるのだろうか、こんなちょっとしたことも気になってしまうなんて…。
でも身の回りの整理というものは何かの節目にやることだろう。そう考えるとやはり、この不安は…。

「…っ、…い!おい!!ながれ!引いてる!!」
「え、きゃ!!!」

ぼーっと考え事をしていたため、私が垂らしていた釣り糸が引かれていることに全く気づかなかった。身体がぐいっと前方に傾き、ちょうど水面に私の顔が映るのが見える。

−−落ちる!

そう覚悟をして瞼を下ろすと、お腹の辺りを何かが抑えた。
一向に来ない衝撃にゆるりと瞼を持ち上げる。あいも変わらず目の前には水面だが、落ちる気配はもうなかった。

「あぶねえ…」
「し、シスイ、さん…っ」

シスイさんが身体の八割が宙に浮いている私を腕一本で支えてくださったのだ。たくましい腕を布一枚越しに感じて思わず赤面してしまう。釣竿に重みはもうない。糸の方が切れてしまったのだろうと思うとシスイさんに申し訳なかった。

「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です…」

シスイさんは私を引き上げると手を離して一度頭を撫でてくださる。ばくばくと鳴る心臓は落ちることへの恐怖のためか、それとも…。

「もうぼーっとするなよ」
「は、はい。気をつけます…」
「ったく。おちおち目も離せないな」

そう苦笑する彼に「目を離さないでください」なんてわがままが口をついて出そうになった。それがどれだけ自分勝手か、忍として不適切かを理解しているからこそ何も言えなくなる。
私がもしなんの力も才能も本当の本当に皆無な子供として生まれていたら言えていたかもしれないけれど、でもきっとそれではシスイさんには出会えなかっただろうから、運命とは残酷なものである。

「よしじゃあ、今日はこの辺にしとくか」

桶を手にして立ち上がる彼を、すぐさま追いかけることは今の私にはできなかった。
「おいどうした?」少し離れたところからこちらを振り向く彼に私は慌てて立ち上がり、一歩を踏み出す。

「待ってくださいシスイさん!」

取り繕うのは昔から得意だから。
私は本心を飲みくだし、笑みを浮かべてその背中を追った。


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