008

「大丈夫かのぅ…?」

次に目を覚ました時には、目の前に三代目火影のお顔があった。挨拶する気力もなく、呆然と彼を見つめる。その厳格な顔付きは母を彷彿とさせた。

恐ろしい人だった。
怖くて厳しくて冷たくて…。
できれば避けていたかったし、修練は自分が嫌いになるから嫌だった。
でも、母は言葉こそ足らないものの、誰もが諦めた私を諦めなかった。私ですら、諦めていたのに。
あれはずっと、現実から目を背けたいんだと思っていたけれど、違ったのかもしれない。もっと早くそのことに気づいていれば少しは親子らしいことできたのかな。

もう、とっくに手遅れだけれど。

「…三代目様……。母は…どんな人でしたか?」
「優秀じゃった。しかし…愛情に薄い子での。あの子自身も幼い頃から一族内で一番の星遁使いであるがゆえに恐れられ、親からも愛されてはおらんかったから…。じゃが…旦那と出会ってからは少し変わっての、少女らしい一面も見せるようになったのじゃ。そういえば料理はからっきしで、すぐ弁当に頼る癖があったのぉ……。……ただ、その旦那も任務で」

やはり、そうだったのか。
ずっと一族の者に、父は逃げたのだと聞かされていた。母には怖くて聞けなかった。だから、信じていた。それすらも違ったのだ。

「それからまた以前の冷たさが戻ってしまった。それでもお前には愛情深く接しようと悩んどったんじゃが、どうやらできなかったみたいじゃな」

三代目様は目元のシワを深くし、人の良さそうな笑みを浮かべる。彼から紡がれる母が、私の知っているものとは異なりすぎて、まるで夢のようで……。だが鼓膜に刻まれた言葉と、網膜に焼き付けられた最期の母の姿が鮮烈に蘇り、嘘じゃないんだと端的に理解する。あれが、きっと本当の母だったのだ。

「ヒジリは木ノ葉のために、星屑家のクーデターを止めるとわしに進言してきた。それは…自殺行為と相違ないと、分かっていたはずなのじゃがな……。人一倍責任感の強い子であったから…」
「母一人で、一族の者を?」
「そうじゃ、ヒジリ一人で。星遁は星遁で打ち消すしかない。完全に威力を消し切るにはそれしかないのじゃよ」

だから母は、家の前で一人戦っていたというの?
一族を手にかけて…?
木ノ葉のために…?

違う。
あれは…。


「私の、ためだったんです」
「なに…?」
「家を守る必要などなかった。なのにあの時母は身を滅ぼしてでも家を守った。傷一つ、なかった。音すら…しなかった…」


自惚れかもしれない。
でも、そう信じたかったから。
母は、私を守ってくれたのだと。


「私は、母に愛されていたんです…」


母親らしいことを何一つしてくれない母だったけれど。…それでもいいから。
もう一度私の名前を呼んで。もっとずっと一緒にいようよ。


お母さん。




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