ただいま、と心のうちで呟いてからドアを開ければ、見慣れた女物の靴が一足。ああ、来てたのか、と自然と口角が上がる。来るなら来ると連絡をよこせばいいのに。そうしたらもっと早く帰ってきたのに、なんてことを考えながら、さっき心のうちで呟いた「ただいま」を声に出す。おかえり、という可愛い声が返ってくるかと期待したが、返事はなかった。なんだ、寝てるのか、と思いながらリビングに足を踏み入れれば、2人掛け用のソファに座る彼女がいた。丸いクッションを抱き、真剣な様子でテレビを見ている。土曜の夕方にやっている料理番組を熱心に見るなんて、ずいぶん可愛らしいじゃないか。そのまま彼女に近付き、隣に座る。彼女の細い腰に腕を回し、未だテレビに夢中な彼女の耳にそっと唇を寄せて、目一杯の甘い声で、そっと名前を呼ぶ。

「ただいま。…いるのなら、可愛い声でおかえりと言って欲しかったな」

そのまま頬にキスをしようとすれば、避けられてしまった。あれ、と思っているうちに、腰に回した腕も解かれてしまった。

「おい、どうしたんだ」

問い掛けても返事はない。その視線はテレビに注がれている。不機嫌な横顔も可愛いけれど、一体何に怒っているのか。ふう、と息を吐き出して、俺もテレビに視線を移す。テレビでは美味しいオムライスを作るには、なんて料理家の女とアシスタントの男が調理台の前で話している。あ、そういえば今日の昼はオムライスだったな、なんて思っていると、隣に座る彼女が小さく、「オムライスはおいしかった?」と言い出す。なんで知ってるんだ、と驚いて視線を彼女に向ければ、不機嫌、を通り越して怒っている目が俺を見つめていた。

「ずいぶん楽しそうだったじゃない。可愛い女子高生と、お洒落な喫茶店で、仲良くランチなんて、とっても素敵な休日を過ごしてるようで」

早口でそう言われ、そこでやっと、ああ、見られていたのか、と気付く。確かに今日の昼は女子高生と喫茶店で昼食を取った。所用で出かけたところ、勤務している高校の女子生徒と出会った。ちょうど昼時で、1人で昼飯を取るのも味気ないと思っていたから、一緒に昼飯を食うことにしたんだ。別にやましい気持ちがあった訳じゃない。この世の女は須らく可愛いと思うが、恋人以外の女にやましい気持ちを抱くほど、俺は最低な男ではない。

「なんだ、嫉妬か?可愛いな。心配しなくても、俺にはおまえだけだよ」
「さあどうかしら。同じこと、その子にも言ってるんじゃないの」

そう言って、彼女は抱き抱えていたクッションを俺に向かって投げる。「おっと」とそれを受け止める。抱き抱えるものがなくなった彼女は、ソファの上で体育座りをする。短めのスカートでそういう体勢を取られると、白い太ももがちらちら見えて、舌舐めずりしたくなるんだけど、と思いながら彼女の顔を見れば、俺を見つめる怒っていた目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。拗ねているのか、怒っているのか、悲しんでいるのか。いや、恐らく、そのすべてが綯い交ぜになっているのだろう。俺の行動ひとつでこんなにもいろんな感情を見せてくれる。本当に、可愛い。そうやって拗ねたり、怒ったり、悲しんだり、心配しなくても、俺がこの世で誰よりも何よりも愛してるのはおまえだけなのにな。

「つれないな。…信じてくれないのか」

距離を詰めて耳元で囁いても、彼女はつんとした態度のまま。膝を抱えたまま、俺を睨む。

「どうせ女子高生にもこういうことしてるんでしょ」
「こんなにも信用されてなかったとは、驚いたな」
「信用されないような行動をしてるのは千尋じゃない」

そう言って、彼女はまた俺から視線を外してしまった。もう一度俺に視線を向けて欲しくて、体育座りをしていた彼女の足に触れる。そっと触れて、優しくなぞれば大袈裟なほどにびくりと肩を震わせた。俺のその動作をどう解釈したのか、彼女は「いやらしいことで誤魔化そうったってそうはいかないから」と真っ赤になりながら言った。誤魔化そうとしてる訳じゃないさ、と言い、俺は一度ソファから降りる。俺を怪訝そうに見つめている彼女の足下に跪き、踵を取り、そのままその爪先に唇を寄せる。驚いたらしい彼女は悲鳴を上げて俺から逃げようとするが、そんなのは許さない。逃がしてなんてあげない。

「俺は、おまえだけのものだよ」

爪先に触れて。踵に音を立てて。脛を食み。膝を舐め。腿に吸いつく。俺を見つめる彼女の目を見つめ返しながら、順番に。知らないのなら教えてやるよ。この俺が跪いて、自分から望んでキスをするなんて、おまえだけなんだぞ。

「ひゃ、あ、ちょっと、ちひ、」

戸惑いと興奮が混ざったような声が俺を呼ぶ。「可愛い」キスの合間にそう言えば、彼女はかっと頬を赤くする。どこまで赤くなるのか実験してみたくなる。ちゅ、と音を立ててキスを続ければ、彼女は両手で顔を覆ってしまった。本当に、可愛い。

「どんな女もそれぞれに可愛いとは思う。…けど、おまえが誰よりも何よりも可愛いし、いとしいよ。嘘じゃない。…だから、信じて欲しい」
「ちひろ、」
「おまえのことが、好きだ。おまえのことだけを、愛している。…この爪先から全部食べてしまいたいくらいに、」
「わ、わかった、から!も、もういいから!もうやだ、恥ずかしい…っ」

大きな声が、俺の言葉を遮る。両手で顔を覆っている俺の可愛い恋人。指の隙間から見える頬と、耳はさっきよりもずっと赤い。もうやだ、恥ずかしいと繰り返してはいるが、まだ止めてやらない。拗ねたり、怒ったり、悲しんだりする必要なんてないんだ。心配なんてしなくても、俺がこの世で誰よりも何よりも愛してるのはおまえだけなんだから。それを伝えるべく、俺は彼女の足に甘く優しく歯を立てる。甘い吐息が漏れたことを確認して、俺は唇で触れるだけだった太腿に手を伸ばす。そのまま彼女に覆い被されば、ぴくん、と震えて、顔を覆っていた両手をおずおずと俺の首に回す。

「…私も千尋と、オムライス食べたかった」
「そうだな。ごめんな。それじゃあ、明日は一緒にオムライスでも作るか」
「ん」

照れたような拗ねたような。可愛い表情をする彼女の唇を塞ぐ。足も柔らかくて好きだけど、やっぱり唇が一番甘くていいな、と思いながらソファで絡み合う。つけっぱなしのテレビから聞こえてくるオムライスの作り方のおさらいなんて、もう俺たちの頭には入ってこなかった。


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