「あ」
 詩紋君の襟元のボタンが取れかかっていた。挨拶もせずにぽかんとそれを見てしまった私に「何?」と指紋君が不機嫌そうな視線を向けてくる。
「ボタン、取れかかってるよ」
「え?」
 襟元を指差しながら言うと、確かめるように視線を向けた後「ああ」と声を上げた。けど、それだけだ。
「……ボタン、付けないの?」
「裁縫出来ないし」
「ふーん」
 授業で習ったりしないのかな、なんて思いながら鞄からソーイングセットを取り出す。
「じゃあ、私が付けてあげるよ」
「嫌」
 まさかの即答である。
「何で?」
「怖いし」
「どういう意味で?」
「刺しそう」
「刺さないよ! 大体、着たまま縫う訳ないじゃん」
「は?」
「脱いで」
「嫌」
 不機嫌そうに言って、ふい、と顔を逸らす。
「こう見えても私、裁縫得意なんだよ」
「見えない」
「だから、こう見えてって言ったじゃん」
 言い合いながら、詩紋君の前に身を乗り出す。面食らったように目を瞬く彼の表情が普段よりも幼く見えて可愛かった。
 ……怒られるから言わないけど。
「どうしても脱いでくれないならこのまま縫うよ」
「好きにすれば」
 呆れたような溜め息が顔にかかってくすぐったい。今更ながら距離の近さを感じて気恥ずかしさを感じたが、言ったものはしなければならないだろう。
 謎の使命感に駆られて、彼のシャツと取れかかったボタンを繋ぐ糸を切って、新しい糸で縫い付ける。
「ねえ、詩紋君」
「何?」
「息、ちょっと止めてくれない? ほっぺにかかってくすぐったいんだけど」
「嫌だ。そっちが勝手にやってるんだから我慢してよ」
 そう言われても、縫い付けに集中出来ない。抗議の視線を向けた先で詩紋君が真っ赤な顔をしていたので、更に気恥ずかしくなって縫い付けをさっさと終わらせる事にした。
 刺さないように気をつけながら、しかも、頬にかかる息に意識を乱されながらのそれは綺麗な出来とは言えないが、ボタンが取れてしまうよりはマシだろう。仕上げに糸を切る為に、顔を近付ける。
「っ」
 その時、詩紋君が息を呑む気配がしてハッとした。襟元から覗く鎖骨が目の前にあって、何だかとても悪い事をしている気になりながら、慌てて離れる。
「こ、これでもう大丈夫」
 バクバクとうるさい心臓を無視して、ソーイングセットに糸と針をしまう。
「お2人とも、撮影準備出来ましたよー!」
 そこにまるでタイミングを見計らったように間宮さんがやって来た。そして、真っ赤な顔をしているだろう私と詩紋君を見て、不思議そうに首を傾げた。
「あれ? お2人とも、顔が赤いですけど。この部屋、暑かったですか?」
「そ、そんな事ないけど」
「じゃあ、まさか風邪ですか?」
「大丈夫だから」
 オロオロと心配し出した間宮さんに、詩紋君が冷静な声を返した。
「だから、さっさと撮影に行こう」
「そうですか?」
「うん」
 まだ、心配そうな顔で私と詩紋君を見る間宮さんに頷いてみせると少し安心した様子で詩紋君に続いて撮影場所へ向かって行く。
 それに安堵の息を漏らしながら、安易にあんな提案はするものじゃないな、と思った。

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