「おーっす、生きてるか〜」
「えっ、えっ?!な、なななな…?!」



何って、見舞い?ケロっとした顔してそう言ったその男はコンビニの袋を持ち上げてみせると顔の横でガサガサと揺らした。待って、どうして、ここわたしの部屋なんだけど、なんでこいつがここにいるの。こんな、髪ぼさぼさだし、パジャマだし、寝起きで酷い顔してるのに、え、お母さん、いないの?

わたしの動揺は痛いほど肌で感じているはずなのに、なおも涼しい顔をした俊平はずかずかと部屋に上がり込んでくる。ちょっと待った、それ以上近づかないでいただきたい!



「おばさん買い物に出掛けるってさ。丁度良いからって留守番頼まれちった」
「る、留守番?!わたし居るんだしそんなのいらないし、っていうかこんな姿の娘の部屋に人上げるとかあの人何考えてるのかな?!」
「病人一人置いてけないだろ〜。俺も別にこの後暇だし、問題な〜し。つーか今更何恥ずかしがってんだよらしくねーなあ」



よっこいしょ、という気の抜けた掛け声と共にあろうことかわたしのベッドに腰を下ろした俊平は、そのまま何気ない動作でわたしの頭に大きな手のひらを乗せた。絶句した。なんだこの男!天然怖い!

問題ないってなんなんだ、わたし的には問題ありまくりだ。娘の成長に気づいていない呑気な母親と、目の前で今まさに呑気に笑っているこの男は、何も分かっていないようでわたしは一人ため息をつく。お母さんから見たらわたしたちは一緒にお風呂入っていた頃の無邪気な子供達のままかもしれないし、俊平からみたらわたしは兄妹同然の幼馴染かもしれないけれど、わたしにとっての俊平は、違う。もうとっくに、異性として認識してるし、むしろ意識してしまっている。そりゃ、一部の女の子たちみたいにすごいちゃんと化粧してるわけでも、そこまで身なりに気を使っているわけでもないけれど、それなりに、気にしたりはするのだ。こんな姿、見られたくないくらいには、ちゃんと女の子、なのに。



「お前の好きなプリン買ってきたけど、食う?」
「…え!食う!」
「ははっ、一応見舞いになりそうなゼリーなんても買ってきたけどやっぱりお前はコッチか」
「俄然プリン!え!こんなに!たくさん!うわ!」
「元気だな〜〜」
「だから元気だって!ほらこんなに!もりもり!お母さんが大袈裟なの!留守番だってできるんだからもう俊平プリン置いて帰っていいよ!?」
「キミは昔から具合悪い時が一番元気だもんな〜?」
「えっ」
「なんかコイツやけにテンションたけぇな〜って思うと大抵そのあとぶっ倒れてたもんな」
「えっ、なにそれ、なんか馬鹿みたいじゃない?それ」
「うん、馬鹿なんじゃないかな?」
「叩こうかな?!叩いていいかな?!」



手近にあったクッションを掴んでいたずらっ子のように笑う俊平を襲撃する。この笑顔、昔から変わらない。俊平は変わらないのに、なんでわたしは変わってしまったのかな。一緒に成長してきたはずなのに、心だけは一緒に成長できなかったみたいで、それが悲しいのか、切ないのか、それとも俊平の無邪気な「無差別悩殺スマイル」(学校の女の子たちがそう呼んでいた)にやられただけか、わからないけれどとにかく胸がきゅーっとなった。心なしか早い鼓動だって、熱のせいなんかじゃない。わかってるんだ、意識してるどころじゃない、いつの日からかわたしは俊平に恋してる。



「いいな〜俺も学校休みてえな〜〜」
「わたしの風邪が伝染ってしまえばいいと思うよ……そして俊平を身代わりにして回復したわたしは明日元気に学校へ行く」
「ははっ、いいな〜、それ。採用」
「ごほっ、ごほっ、げほっ」
「エッ、なにいきなり発作?」
「いや、俊平に風邪伝染そうとおもって」
「ふはっ、発想が相変わらずお子ちゃまだな〜」



歯を見せて笑った俊平が、またその大きな手でわたしの頭を乱暴に撫で付ける。ホラ、それだよ。それがいけないんだよ。本当酷い男だよ。気なんてないくせに、天然無自覚女たらし俊平が考えなしにそういうことするせいで、わたしの心が勝手に勘違いして好きになっちゃったりして、俊平はお気楽で楽しそうで、わたしだけこんな苦しくて、ずるいよ。

すると頭の上の手がするりと後頭部に回ったからびっくりして肩を揺らす。反射的に少し上にある俊平の顔を見上げると、いつの間にかわたしをじっと見ていた俊平が見たことない表情をしていてどくりと心臓が大きく波打った。な、なに。そう呟いた声は音にならずに空気として部屋の中に溶けていく。



「もっと確実でオトナな方法、教えてやるよ」



聞いたことない声で俊平が囁いて、それから先はどうなったか最早分からない。分からないけれど唇に残るのは想像していたよりもずっと柔らかい俊平の唇の感触で、そのままおでこをくっつけてニッと笑った顔が悔しいくらい格好良くて。なんだか感情がぐるぐるして頭ぐちゃぐちゃでなんだかわからないけれど泣きたくなって、情けない声を出したわたしを俊平はそっと抱き寄せた。「……熱が下がって元気になったらちゃんと言うから」なんでキスしたの、とか、ちゃんと言うって何、とか、分からないことがたくさんで、熱の篭った頭はパンクしそうだったけど、たぶん、きっと、





きらめく無重力に逆らって



シアワセまであと少し。

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