永遠なんて信じちゃいなかった。
そんなわたしを許してほしい。



じりじりと太陽がアスファルトを焼き、もわもわとした熱気が爪先からも頭上からも攻めてくる、そんな暑い夏の日。
懐かしい声が聞こえた気がして振り向くと、そこには予想通りの顔……よりもいくぶんか成長した、栄口勇人、彼の姿があった。

「久しぶりじゃん!何してるの?」
「久しぶり、だね。わたしは今からお昼休憩なんだけど、」

栄口は何してるの、と続けようとした言葉は、彼が珍しく張り上げた声にかき消された。「オレも今から昼なんだ!」って、それはつまり、わたしをお昼に誘ってるんだよね。特に断る理由もなかったので、わたしは二つ返事で彼の背中についていくことにした。

出会った場所から約10分、ちなみにわたしの会社からなら約2分、高層ビルが立ち並ぶその一角にひっそりと隠れるようにして立つレンガのお店を、彼は行きつけなのだと紹介してくれた。
中に入るとふわりと甘い香りが漂って、なるほど、と一人で納得した。彼のスイーツ好きはまだまだ健在のようだ。

「何食べる?オススメは、ランチセットのBなんだけど」
「オムライスと、ドリンクと、ケーキのセット?」
「ううん、それはA。Bはこっちの、ナポリタンのやつ」

ナポリタン、と彼が口にした瞬間に胸がドキリと音を立てた。高校時代、毎日お弁当にナポリタンをいれていたわたしを、彼は覚えてくれているのだろうか。飽きもせずに毎日よく食べれるね、と彼のチームメイト達によくからかわれ、それでも食べ続けたナポリタン。決して手の込んだものではなくただの冷凍物で、それでもあのときのわたしにはどんな高価な食べ物よりも美味しく感じたあのオレンジ色。

「……じゃあ、それに、しようかな」
「ん。すいませーん、ランチセットのB二つ下さい。飲み物はー……、どうする?」
「えっと、メロンソーダで」
「ふふ、了解。あ、タバコ大丈夫?」
「え?あ、大丈夫だよ」

記憶よりも少し落ち着いた声色で、彼はてきぱきとオーダーを伝えてくれた。行きつけだと自負しただけあり、何人かいる店員さん達とは顔馴染みらしい。何気ない世間話を交わすその姿に、さすが社会人というか、大人の余裕のようなものを感じた気がして、改めて月日の流れを実感させられる。
当たり前だけれど、わたしも彼も成長していて、高校以来会うことのなかったわたし達の間には、お互いが知らない数年間が存在するのだ。事実彼は、高校時代からは想像もつかない、似合わないタバコをくわえている。
栄口は今、どこに住んでいるのだろうか。何の仕事をしているんだろう。休日は何をして過ごして、その優しい瞳で誰を見つめているんだろう。考えたってわかりはしない。ただ一つだけ
はっきりと言えるのは、彼の隣にいるのはもうわたしではない、ということ。高校時代から人気のあった彼のことだ、すでに将来を約束した相手を見つけていても、何らおかしくはない。


「……おーい、聞いてる?」

物思いに耽っていたせいか、彼の問いかけが店員さん達ではなく自分に向けられていたことに気づくのが遅れた。彼がくわえていたタバコがいつの間にか灰皿に押しつけられていることから考えて、わりと長い時間自分の世界に入っていたことになる。慌てて謝罪をのべれば、気にしないで、と笑ってくれる栄口。でも久しぶりなんだから相手してよ、と少し唇を尖らせて拗ねる姿は、わたしのよく知る栄口そのものだ。
変わったところと変わっていないところを逐一探して、落ち込んだり安心したり忙しい今のわたしは、彼の目にはどう映っているだろうか。
不審がられていなければいいけど、と心の中だけで呟いて、彼にさきほどの言葉の続きを促した。同時に、そう広くない店内に香ばしいケチャップとバターの匂いが広がる。ああ、お腹すいたな。

「だからさ、会社この近くだよね?」
「え、」
「あれ、確か就職したのって○○商事でしょ?」
「あ、うん。覚えてたんだ?」
「覚えてたってゆうか、教えてくれなかったじゃん。だから阿部に聞いたんだ」

カラン。いつのまにか運ばれてきていたメロンソーダの氷が音を奏でた。
薄い緑色の向こうに、まっすぐな彼の瞳が見え隠れしている。

聞いたって、何。それはどういう意味で捉えたらいいの。
クーラーのおかげで涼しいはずの店内なのに、じわり、手のひらに汗がにじむ。何て言葉を返せばいいのかわからないわたしを栄口はさして気にする様子もなく、「またここ来ような」と言って笑った。
また、という言葉に大げさに反応してしまう自分が憎い。けれど、こうしていちいちわたしを翻弄するようなマネをしてくる栄口は、もっと憎い。

「お待たせしました、」

ふわり、甘い香りが鼻を掠めて、目の前に美味しそうな湯気をたてるオレンジ色が置かれた。彼の顔が二つ分の湯気の向こうに隠れて、ホッと息をつく。今のうちに赤くなってしまった顔を誤魔化さなければ、勘の良い栄口には、わたしの浅はかな思いなどすぐにバレてしまうかもしれない。
意識を目の前のナポリタンへと集中させて、溢れだしそうな何かには賢明に蓋をして、食欲だけを刺激するけれど、ああ、ナポリタンにしたのは間違いだった。どうしたって、彼を思い出してしまう。

「美味しい?」

穏やかな声が聞こえた。きっと今顔をあげれば、優しく微笑んでいる彼と目が合ってしまうに違いない。わたしはナポリタンを見つめながら頷いた。

「懐かしい、ね」
「……え?」
「ナポリタン、好きだったでしょ」

覚えてくれていた。偶然じゃなかった。反射的に顔をあげると、そこにいたのは優しく微笑んでいる彼ではなく、わたしの知らない、タバコをくわえる彼の姿。

「……高校の卒業式の日、何て言ってオレのことフッたか覚えてる?」

二本目のタバコに火をともしながら、彼は懐かしむような声でそう言った。
覚えてるよ。忘れれるわけないよ。だってわたし、あの日を悔やまなかったこと一度もないもの。

「『永遠なんてない』って。それ言われたときすっごい衝撃受けてさ。ショックどうこうじゃなくて、なんていうか、大人だなぁって思わされたって感じ?」

違うの。大人なんかじゃない。わたしはただ、小心者なだけだった。

就職を選んだ栄口。進学を選んだわたし。隣にいるのが当たり前だった生活が変わってしまうことへの不安と不満。それでもこの先もずっと一緒なんだと、わたしとの未来を信じてくれていた彼を、あのときのわたしは信じきることができなかった。
結局わたしは、今でも前に進めずにいるだけだというのに。

「オレが子供だから『永遠』なんて思うだけで、人の気持ちなんていつか変わるんだろうなぁと思った。そりゃーやっぱり、ショックはショックだったけど。でもいつまでも子供のままじゃ駄目なんだって思ってさ」

聞きたくない。聞きたい。相反する二つの気持ちがわたしの身体をぐるぐると回って、呼吸すらも忘れそうになる。唇を噛み締めて、ふぅ、と短く息を吐き出すと、思ったよりも自分が震えていることに気づいた。困ったな、これじゃあわたし、栄口に自分の気持ちバラしてるようなものじゃんか。自分から別れを告げておいて、何て身勝手な。
それでもまだ微かな可能性を信じているわたしを、あなたは笑うかな、怒るかな。それとも。

「それ、で。結論が出たから伝えに来たんだけど。あぁ、だから、偶然じゃないんだよ?さっき会ったの。ストーカーみたいで引かれたら嫌だったから黙っとこうと思ってたんだけどね」

さらりとわたしの体温を急上昇させるような言葉を放って、彼は眩しいほどの笑顔で言葉を続けた。

あれから五年経ったけど、オレの気持ちは変わってないし、変わる気配もないよ。ナポリタンを見たらいやでもおまえのこと思い出しちゃうし、わざわざ就職先調べちゃうぐらいには執着してるよ。だからつまり。

「オレは永遠ってあると思うんだけど、どう思う?」

ふぅ、と吐き出された紫煙に彼の顔が消えていく。
ああどうしよう、何から伝えようか。わたしはまだ、永遠を信じきることはできないけれど、信じたいと思っていることは確かなんだ。
だから、あの時はごめんなさい。それから、気づかせてくれてありがとう。それから、それから。

「ふふ、焦らなくてもいいよ」

ナポリタンでも食べながらゆっくり話そうか、と笑ってタバコを消す彼に、わたしはとりあえず、だいすきです、と五年ぶりの本音を伝えておいた。

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