「それで、どうしたんですか?」
ああ、やっぱりそうやって、この男は私から要らぬ事まで引き出して、私より私を知っていく。
何が不満か述べよと言われれば、それが何より不満だとふてくされて告げれば、赤葦はどうってこと無さそうに、二重の深いその瞼で私を視界から外した。
不満の種が順調に、健やかに大きくなる。
そういう態度が嫌なんだ。
なんでも分かってる、みたいなその態度が。
喉元まで込み上がってきた言葉をすんでで呑み込む。
危ない。またしても、胸の内を吐露してしまう所だった。
何も今日の今日とて思いついた訳じゃない。
そういう経緯があっての事だ。
同情の余地はあったのだ。
それだから、赤葦の唇から新しい「どうしたの?」が生まれる前に、私は反撃を試みた。
つまりは彼から、言葉を奪う事にした。
それくらいに、あの言葉は、麻薬の様で魔法の様で、魅惑的で、それはそれは私には、危険に過ぎる。
言葉を奪われた赤葦は、すぐに異変に気付いて珍しく責める様な眼差しを私に向けた。しかしそれは一瞬の事で、(恐らく色んな事を瞬時に諦めた。この男は如才なくそれが出来る)自身の喉元に手を伸ばし、風邪引きがするようなそれをした。
無音。
「……」
「……そんな目をしたって返してあげないよう、だ」
「……」
言葉の代りに漏れたのは彼の溜息で、呆れの色を滲ませた二対の黒い瞳が私を見降ろした。
「赤葦が悪いんだよ。赤葦といると、なんだか身ぐるみ剥がされる気持ちになる。丸裸にされてガラスのケースに入れられてるようなそんな気持ちになる。だから、嫌いなの。ずっと嫌いだったよ。赤葦のそういう所が」
嬉々として、私より高い位置にある耳に自分の声を注ぎ入れる。
これだ。私がしたかったのはこういう事だ。
嫌い。
きらい。
キライ。
幾つもの嫌いを彼に送る。
存外胸の内がすいて、安堵を覚えた頃、ふと背伸びをしていた足がそんなに辛くないのに、嫌な予感がよぎった。
視線を落とす。
赤葦がまるで、私の声が届きすいように、若干腰を屈めて、背を低くしている所だった。
(どうしたんですか?)
届いたのだ。
私の声は赤葦に。
それは忠実に。
期待を裏切って。
「……ッ!!」
その場から逃れようとした私の腕に、彼の手が伸びる。
見上げた赤葦の顔は、笑っていた。
まごつくことなく制服のボタンを外す手には迷いがない。
耳朶に吸いついた舌先が、胸の先に移行した頃、私の緊張は頂点に達した。
「……声、返す。から、止めて、赤葦」
「……」
「やだ。やだよう」
「……」
舌は身体の線をなぞり、留まることなく、阻まれることなく、呆気なく、そこへ行きついた。
私はゆったりと開かれる。
こう言う時にまで乱暴にはならない、急ぎ過ぎない所作は、抗う力を私から、血を抜く様に、奪った。
「あか、あし」
「……」
「あのね、待って。聞いて」
「……」
「私、」
弧を描いた彼の唇は、言葉を紡ぐ代り、私の中へ、侵入した。
「 」
どんな言葉で隠しても、どんなに上手に覆っても、その薄皮一枚一枚を剥がしていく単調な作業を赤葦はいとも簡単にやってのけれる。
不満を幾ら挙げ連ねても、見逃してなどくれないのだ。
最後のひとつが消えた時、その時の私の表情すらも愉しんで、彼はきっとこう尋ねてくる。
「それで、どうしたんですか?」
私に選択権など与えずに。
全て分かっているくせに。
奥の奥まで、吐露させる。
両手を上げて、私はこう言うしかない。
(愛してる)