血の繋がらない兄妹という関係は、居心地のよい地獄だった。

暗夜の王子である私と白夜の王女である彼女は本来であれば敵同士であり、言葉を交わすことも、笑い合うことも、触れ合うことも許されない関係だった。だが、ある日突然妹となった敵国の王女であった彼女は優しく人懐こい性格の、誰からも好かれる存在だった。そんな彼女は、他の妹弟たちと同様に可愛らしかった。私が守ってやらねばと思った。だから、血が繋がらないとはいえ、兄妹という関係は、ひどく居心地が良かった。本来であれば敵同士であるはずの私と彼女が、兄妹として、誰にも咎められることなく側にいることができる。言葉を交わし、笑い合い、触れ合うことができる。それはとても幸福だった。兄さんと呼ばれることが、微笑みかけられることが、触れあえることが、私の何よりの喜びだった。

だが、彼女が成長するにつれて居心地の良かった関係は地獄のように感じられるようになった。彼女は、他の妹弟たちと何も変わらないはずだった。血の繋がりはなくとも、私の妹であることに違いはなかったはずだった。はずだったと、いうのに。兄さんと呼ばれるたびに僅かな痛みが胸に走るようになる理由は。微笑みかけられるたびに心が波立つ理由は。指先が触れあうだけで甘い痛みを感じる理由は。

私が彼女を、一人の女性として意識しているからだ。
私が彼女を、妹としてではなく女性として愛しているからだ。

それに気付いてしまってから、兄妹という居心地の良かった関係は地獄のようであり、言葉を交わし、笑い合い、触れ合うことのできる幸福はいつしか苦痛へと変わって行った。許されることではないと分かっていた。血の繋がりはないとはいえ、共に育ってきた兄妹だ。彼女の本当の兄弟である白夜の王子たちよりも長い時間を過ごしてきた。そんな彼女を異性として愛しているなど許される訳がなかった。父も他の妹弟も国民も許してはくれないだろう。何より私自身が許せない。兄として私を慕ってくれる彼女をそのような目で見ていることが、許せなかった。このような想いすぐにでも封じてしまわねばならないと思っていた。彼女への愛情がこれ以上膨れ上がる前に。

だからいっそ、暗夜のことなど捨ててしまってくれればよかったのだ。白夜王国と対峙したあの時、あの場で、私の手を払いのけてくれればよかったのだ。そうすれば、私は諦められた。この想いを封じられた、いや、捨てることもできた。我が国に背を向けた敵国の王女だと、思うことができた。だと、いうのに。あの時お前は迷う素振りも見せず、私の手を取って白夜の王子に剣を向けた。私の隣で剣を振るうその姿を見て湧き上がったのは喜びと絶望だった。これからも共にいられるという喜びと、居心地のよい地獄はこのまま永久に続くのだろうという絶望。捨てる機会を失ったこの想いは、白夜との戦いの中にあっても日に日に成長を続けた。いっそ、想いを告げてしまえば、とも思ったこともあった。だが、できる訳がなかった。誰にも許されぬ、それどころか、私自身も許せない想いを告げることなどできないのだ。

何も知らぬ妹は、今日も私に向かって微笑みかける。月が空に浮かぶ時間帯に自室に私を招き入れ、寝台に隣り合って腰掛け、マークス兄さん、と私を呼ぶ。無防備に私に触れる。兄でいなければと思うのに、微笑みかけられるたびに心がぐらつく。彼女は、今日はジョーカーと街に出かけたのだと、嬉しそうに話している。

「ああ、そうか。…楽しかったか」

そう問い掛けると彼女は大きく頷く。頷いた拍子に甘い香りが鼻腔を掠め、どうにかなってしまいそうだった。私にはもう、兄としてどのような言葉をかけるのが正解なのか、兄としてどのような態度をとればよいのか、分からなくなっていた。街のどこに出掛けたか、誰と出会ったか、ジョーカーとどんなことをしたか。彼女は楽しそうに、私に報告してくる。分かっている。彼女は純粋に、兄に話を聞いて欲しいだけなのだと。大切な自分の仲間のことを聞かせたいだけなのだと。だが、頭の奥がぐらぐらとする。地獄の炎が足元から私を焼き尽くそうとする。ジョーカーと彼女に血の繋がりがないように、私と彼女にも血の繋がりはない。私とジョーカーは、何も変わらないのだ。だが、ジョーカーが彼女を愛することは誰にも咎められないというのに、私が彼女を愛することは許されはしない。私が彼女の兄だから。彼女が私の妹だから。それだけで、本当の兄妹ではないというのに、私の想いは許されぬものになる。

「……楽しかったなら、良かったな」

良かったとはあまり思えないが、なんとかそれだけを口にする。窓から差し込む月明かりが、彼女の頬を青白く照らす。幼いころと比べて伸びた色素の薄い髪が、月光を浴びて輝いているように見える。手を伸ばして触れてしまいたくなるほどに美しいその姿に、息を飲む。彼女は私を見つめ、今日の出来事を楽しげに話し続ける。私を見つめるその瞳は、どこまでも澄んでいた。兄である私を慕ってくれている妹の目に、今の私はどのように映っているのだろう。告げることの許されぬ想いを抱いた私は、彼女の目には、どのように。今度は兄さんも一緒に出掛けましょうね、と彼女は無邪気に笑う。誰にも許されぬ秘密を抱えた私に、許されぬ想いを抱いた私に気付かず、笑う。

「…ああ。そうだな。機会があれば共に出掛けるのもよいな」

私も笑えているだろうか。妹を大切に思う兄として、上手く笑えているだろうか。愛しているという言葉の代わりに相応しい、兄としての言葉を吐けているだろうか。自分ではもうよく分からないが、目の前の彼女は先程と何も変わらない笑顔を浮かべているから私は上手く兄でいることができているのだろう。月明かりの下、その笑顔は眩しく、いっそ神々しいくらいだった。楽しみです、と言う彼女は私の腕に纏わりつく。幼いころにそうしていたように。何も知らない彼女は、私を慕ってくれている。妹を大切に思う兄としての私を、慕ってくれている。腕に感じる彼女の体温に眩暈がする。ああ、これは、本当に地獄のようだ。

「…何故、お前は私の妹なのだろうな」

妹でなければ、良かったのに。

誰にも告げたことのない私の許されぬ本心は、楽しそうに私と出掛けた時のことを考えているらしい彼女の耳には届いていない。私の想いも、永遠に彼女には届かないのだろう。私を見上げる彼女の頬は青白く、やはり美しかった。

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