染まる。ゆるやかに染まっていく。たとえば夜が深まって熱に溺れる刹那に、たとえば吐息だけが残った早朝、目が覚めた瞬間に。 土方さんの額を伝う汗が落ちてきたとき、それはさよならの色なんだって気がついた。 現実から逃れ、そして現実に戻るそのときだけ、わたしは土方さんに縋るかわりにその不確かな海の色に染まる。



「はい、水」
冷蔵庫から取り出したペットボトルを、ベッドに上半身だけを起こして煙草をふかす土方さんに手渡す。「悪いな」灰皿に煙草を押しつけ、受け取ったその手に、ボトルから浮いた水滴が流れる。

いつもの居酒屋で呑んだあと、半ば酔った勢いで隣の町のホテルで一夜を明かす。訪れる朝は決まって言いようのない喪失感を感じる。お互いの生活が始まるまでふたりで過ごすこの時間が、わたしは好きだった。

肩に掛けられた土方さんの着流しを纏ったまま、再びベッドに戻る。
「腰、痛くねーか」
「大丈夫」
そうか、とそれだけ零した土方さんはペットボトルに口をつける。浮き上がった喉仏が上下して、やっぱり男のひとなんだなあ、なんて。昨日の夜、散々思い知らされたのに改めて思った自分に苦笑する。

土方さんはわたしの視線に気がつき、ほんの少しだけ唇の端を上げた。
「…飲む?」
小さく頷いて、ペットボトルを受け取ろうとしたが、上手くかわされた。かわりに彼はそれを自分の口元に傾ける。まさかと思ったときには、すでに手遅れだった。滑らかなのに鍛えられた硬い手に顎を捉えられ、端正な顔が近づいてくる。一瞬、抵抗しようと考えたが、空いた手でしっかり腕を固定され、どうしようもなかった。重ねられた唇から侵入してくる生温かい異物。零れないように必死に飲み込む。やがて離れていった土方さんの顔は満足気に笑っていた。「よくできました」。

「…土方さんって本当に趣味悪いですね」
「お前もな」
「ふふ、わたしのは妥協ですよ」
「どういう意味だコラ」
「要はわたしと寝るか銀さんと寝るかどっちがいいかっていう話です」
「うわ最悪だ、萎えた」

僅かに開いたカーテンから射す朝日が土方さんに影を落とす。そんな顔して、誰のことを想ってるんだろう。確かにふたりで笑い合っているのに、心がここにないことなんて、わかりきっているのに。それなのに、どうしても考えてしまう。

肩に掛かった着流しを彼に渡してベッドを降りる。
「もう帰るのか」
そう言って珍しく名残り惜しそうな顔をする。私なんて見ていないくせに、そうやって優しくする。土方さんなんて、マヨネーズに溺れて窒息死しちゃえばいいのに。あ、それじゃ本望か。

「銀さんたちが心配するので」
「あいつだってどうせ朝帰りだろ」
「まあ、そうなんですけど。出迎えてあげたいっていうか」
「趣味悪いな」
「お前もな」

そうして笑う。なにも変わらない。土方さんは、わたしが銀さんのことを好きだと勘違いしていることも。誰も知らない、わたしだけの秘密。こうやって人知れず、打ち明けないまま染まるのだ。
ベッドの下に脱ぎ散らかした着物を丁寧に着ていく。帯を巻いたあたりで、なあ、と声がした。同時に苦い匂いがして、振り返ると、やっぱり土方さんは煙草を吸っていた。

「お前、俺が他の女のこと考えてると思ってるだろ」
「…え?」

真っ直ぐにわたしを見つめる瞳に捕らえられ、息ができない。綺麗なラインの横顔に落ちる影を、何度も見てきたはずなのに。

「…なんつー顔してんだ」


不確かな海の色、歪んだ透明。感情のわりに澄んだそれに漂白されたのは、わたしだけじゃなかった。笑うしかない。わたしの趣味が悪いのは思っている以上に深刻みたいだ。
土方さん、あのね。わたしが本当に想っているのは、あの銀髪パーマのろくでなしじゃなくて、ほかでもない、あなたですよ。土方さんの秘密が暴かれたと共に、わたしの秘密も暴かれる。喉の奥に引っかかる言葉が紡がれるまで、あとすこし。

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