あかく膝丈のスカートを踊らせて。春、青春、春情。

わたしは、夏より一足先に海へ行く。春は、光が夏なんかより、ずっとまぶしい。わたしは、走る。よく知らないいつも通る町を抜けて、くらい隙間の淵を辿り、一時の闇が開けば、そこは、春の光を空へと反射させる、海。わたしはここが大好きだった。
ねえ、知っている。わたしのスカートの中には、無重力が広がっているのだってこと。
ちかくには、クロマツ林がある。でも、わたしは冬には、いいえ、春以外はここを訪れない。どうして、春に来るのか。景色が、白くうつくしくかがやくのが、この季節だからだ。

不意に、海にほんとうに真白い道ができていることに気づく。ぱき、ぱき、と云う音とともに、それはあまりにも不釣り合いな。自転車と、背の高い男のひと。ようやく姿かたちが見えてきたころ、視線がばちん、と交わって、反射的に構えてしまい、ぱちん、とまばたきを繰り返す。それに対して、その男はあまりにも抜けた声色で「あららら……先客さん?」と言う声が聞こえて、もう一度だけ、まばたきをした。
その男も、白い恰好をしていたもので、『景色がうつくしい』などと考えていたわたしは、おもわず笑ってしまう。他意はない。それに男が気づき、「なに、ひとりで笑っちゃって……」と零したのが聞こえた。彼は海岸に辿り着き、自転車から降りて、わたしのそばへ来ようとする。それに気づいた為、わたしも自然な足取りで彼へとそっとちかづいた。すると「あららら、オジサンに脈アリ? 今夜ヒマ?」などと訊ねてきたけれど、そっと睨んで威嚇するだけにしておく。


「しろい、ですね」

「ん、おれのこと? それとも、景色が?」

「ぜんぶ」


春特有の突風により、わたしのあかいスカートが、きらきらとはためいた。そのときに男は「あ、パンツ見えた」などと気分を害すものだから、その『正義』とでかでかと書かれた背の文字を汚してやりたくなる。赤く、紅く、塗りつぶしてやりたくなる。だから、男には理解しがたいような、わたしの想いをぶつけてみようとおもった。ちょっとした、意地悪である。
「あー……、まあ、そうかも」、と先ほどのわたしの言葉に対してそう投げかけられた。が、敢えて無視をして、話をすることにした。


「たとえば、泥まみれの船。たとえば、掴めない春の光。たとえば、わたしの問いかけ。わたしのこのスカートは、すべてを包み込んでくれて、無重力空間なの」


そういって、ちら、と男を見れば、僅かではあるが先ほどより目をまるくしているのがわかった。内心、笑みを濃くする。
顎に手を添えて、すこしだけ考えるような仕草。それなのに核心を突くものだから、動揺がおもてに現れて仕舞う。
なににも縛られてないってこと。
語尾が多少上がって、疑問符をつけたようなそれであったけれど、その声色にも、その表情にも、確信が宿っていた。縛られたくない、と云う願い。わたしはおもしろくない、と云った風に、そっぽを向く。だって、万有引力だとか、遠心力なんかは、この、春先だけに着ることのできる(わたしの勝手な縛りだけれど)、あかい膝丈のスカートには、まったく関係のないことだった。自由になれる、このきらきらした季節だけは。

なんとなく、一般的には春と秋が対比され、夏と冬が対比されていると思うのだけれど、わたしは彼が冬と連れ添っているように感じる。言いたいことは、わたしは男と春とが真逆の位置に居るように思う。

そんなことを考えだして、視界がぼんやりしてきた。そっぽを向いたままのわたしに、男は映らない。
唐突に、わたしに投げかけられた言葉。わたしは白い男に向き直る。機嫌を直したわけではないけど。


「なにか、言いたいことあるんじゃねえの」

「ええ、さっき出会ったばかりなのに、そういうこと見抜くの? 気味がわるいひとね」

「おまえもじゅうぶんひでえよ……。まあ、ほら、オジサンに言ってみなさい」

「春は白くてきらきらで、わたしはそれを見に、毎年ここを訪れるのだけど。そこに、ほんとうに真白なひとが現れて、」


哀しかった、と、カーディガンの袖口を、くちびるへ押し当てる。
それに対して彼は、ふうん、と、それだけ。理由を訊かないでいてくれたこの男の存在は、のちに大きくなるのかもしれない。


「だって、さよなら、なんて、知らないんだもん」

「……だれか、居なくなったのか」

「友人が死ぬんだって」


友人が死ぬんだって。
自分が思う以上に、他人事のようで、無機質な響きだったように思う。

――なんで?
……、処刑されるみたい
……じゃあ、その友人って、海賊か
うん。もうあえないみたい

彼は、太陽のようなひと、と表現したら、夏を思い浮かべるかもしれない。けれど、彼は、きらきらしていたのだ。ずっとまぶしいそれだったのだ。それでいて、やさしかった。
わたしは彼が居なくなる事実がうまく呑み込めずに、この場所まで必死に駆けてきた。――逢えるような、気がして。
そんなばかげたこと、ありはしないのに、何故だか逢える気がしてならない。今も。……、こんなことはまやかしだ。

海賊って、そんなにわるいものなの、と、問わずにはいられなかった。さあな。間髪入れずに、そんな回答。
でも、わたしにはありがたかったのだ。彼のこの、奇妙な受け流しと、詳しくは訊ねてこないところが。

わたしはなんとなく、気分がよくなる。だって、この場所へきたなら、きっとまた、あのひとに逢える。そんな気がして止まないのだ、まやかしだって構わない。ああ、ほら、このあかい膝丈のスカートがひるがえる。彼が、わらっているようだった。どうしてかは、わからないけど。だいじょうぶ、だって。

白い男が、不意にわらう、ことを疑問に思い、出会い頭とは反対に、わたしが訊ねる。


「”なに、ひとりで笑っちゃって”」

「……、あらら、おじさんに脈アリ?」

「っふふ! ねえ、今夜、空いていますよ」

「あー……うん。いいわ、やっぱり」


わたしが思わず面食らって仕舞い、むっとした表情をすると、男はわらって、言う。


「じゃあ、飲みに付き合ってよ。んで、愚痴とか聞いてくれる?」


わたしは途端に笑顔に為って、またきらきらと、あかいスカートをはためかせるのだった。
あかく膝丈のスカートを踊らせて。春、青春、春情。仄暗いこの季節に、終わるものなどありはしなかった。

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