空高編


第3章 神子と双子と襲撃



「おかえり。」

相も変わらずの仏頂面で、雷希が出迎える。
そんな雷希の表情に納得いかないのか、雷月は軽く雷希のことを小突いた。

「せっかく退院ですのに、もっと笑ったらどうですかっ!」
「う、るせぇっ!いいだろ別にっ!」
「こら、二人とも、喧嘩しない。」

二人の言い争いを飴月が仲介する。いつものことだ。いつものことだけれど、この光景が少し懐かしい。

「おかえり、翼。…あと、アエルも。おかえり。」
「え、えっと…」
「自分の家に帰って来たら、ただいまって、言うんだよ?」

飴月が小首を傾げながら、アエルのことを見つめる。
形式的なものであれば、部隊の任務から帰って来た時も、いつも言っていた。けれども、今回は少し、意味合いが違う。

「…ただ、いま。」
「うん。おかえり。」

アエルの言葉に、飴月は満足げに微笑んだ。


第43晶 利用価値であり鍵である前に、友人


「お、退院したのか。」
「無焚殿…まだいたのか…」

退院をしてから二日後、へらへらと笑みを浮かべてやって来たのは赤髪の少年、無焚だった。
丁度昼食を作っているところだったので、追加で無焚の分の用意も始める。
退院してから、食事の担当は再び翼に戻っていた。料理が好きというのもあり、退院したてなのだからと遠慮する雷月や飴月を押し切って手をあげたのだ。
尚、本日の昼食は卵焼きと味噌汁と白米。そして、以前幽爛と出会った滝の傍を流れる川で捕まえた魚を焼いたものだ。
翼の反応が不服だったのか、無焚は子供っぽく頬を膨らませて不満の意を訴える。

「まだとは何だ、まだとは。ま、空高青烏の件が落ち着くまでは帰れねぇかなぁ。燭嵐は中立だから手借りれないし、羅繻だけじゃお前のことはちょっと心もとないしな。向うは大使者が八番目も含め、五人いるかもしれないからな。」
「八番目も、か…?確か以前、正体不明って…」
「こうとも言ったぞ。八番目は、神の子と縁のある人間がなることが多い、ってな。…八番目は青烏で間違いないだろう。あの時はまだ覚醒してなかったみたいだが、次会った時はどうなってるか、正直わかんねぇ。」

無焚はそう言って、彼の前に出された卵焼きを箸でつまんで一口食べる。
美味しそうに食べてそれを飲み込んでから、無焚は再び話を始めた。どうやら、口にものを入れている時は話したくないらしい。

「だから、相手は大使者が五人の可能性が大いにある。少なくとも四人なのは確定してるし、己れが大使者としての能力は…恥ずかしい話、あまり戦闘向きじゃない。戦闘向きなのは羅繻位だ。いくらアイツでも、多勢に無勢過ぎる。」

お、これ美味いな、と無焚はまた卵焼きを一つ口に運ぶ。どうやら卵焼きはお気に召したようだ。

「翼は神子としての自覚が全然なかったんだし、覚醒は全然だろう。異能者相手にするなら、己れもいた方いいと思ってな。」
「…なんか、俺のせいで随分周りの人間に迷惑をかけてしまっているな…」
「あぁ?別に迷惑とかじゃねぇよ。」

無焚の言葉に翼が目を丸めていると、無焚は卵焼きを翼の目の前へぐいと押し付けて来た。
視界が卵の黄色で埋め尽くされ、ほんのりと良い香りが鼻を擽る。

「見ての通り、己れ等は訳ありだ。正直、まぁ…綺麗な生き方はしてない。他の人間の人生を狂わせるようなことだってしてる。そんな己れたちでも、そんなことしなくて済むような生き方してめてぇって思ってんだ。アンタは己れ等にとっちゃ、鍵みたいなもんだ。」
「鍵…」
「お前がどんな選択するかは知らないけどさ。でも、アンタが生きてりゃ、今の世の中はもうちょっとまともになるんじゃないかなって。…ほら、食え。」

無焚に促されるまま、卵焼きをぱくりと食べる。
ふわふわとした触感と、適度な甘みが広がって、我ながら美味に出来たものだと納得しながらゆっくり咀嚼し、飲み込む。

「美味い?」
「美味い。…というか、俺が作ったんだが…」
「そうだった。」

無焚はそう言って、無邪気に笑う。この笑顔を見ていると、自分より七つも年上の人間とは思えない。

「俺は、無焚殿たちの期待に添えるかはわからない。外に出たい、このままじゃ厭だ、…そう思って出て来ただけの、ただの世間知らずだ。…でも、そんな俺でも出来ることはしたい。あの病院みたいに、色んな種族の者達が、街中でも行き交うことが出来るような世の中になれば、今よりもっと楽しいと、そうは思うが…」
「ん。それでいいんじゃねぇの?」

無焚は満足そうに笑う。
正解か不正解かはわからないが、無焚にとって、翼を守る理由があると思わせる程度には十分の回答だったらしい。
神の子の影響力というのは、きっと翼自身が考えるよりもずっと、強烈なものなのだろう。
でなければ、出会ったばかりの死燐たちや、無焚が、自分のことをこんなにも真剣に守ったり、青烏のことを探ってくれたりするはずがない。

「まぁ、それだけじゃなくて、だ。」

そう思っていると、無焚が言葉を付け足した。
表情は顔を俯かせているため読み取れないが、耳は少し赤くなっていることがわかる。

「……お前が悪い奴じゃねぇっつーのは、此処何回かのやりとりでわかってる。外に出たい、自由になりたい、ってお前の気持ちも、己れや死燐たちはよくわかってるつもりだ。…だからこそ、助けたい。っつーか。…確かに神の子の影響力は半端ねぇし、利用要素は大きいけど、それ以前に、前々から興味あったんだよ。お前のこと。」

最後の方がごにょごにょと声が小さくなっていって、聞き取りにくかったが、それでもはっきり聞くことが出来た。
嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じていると、隣にいたアエルが茶をすすりながら無焚を見て、静かに笑う。

「親近感を持ててお友達になりたい人だから守りたいって素直に言えばいいじゃないですか。」
「なっ…!」
「おや、もしかして図星ですか?」

アエルがくすくすと笑いながら無焚のことを見ていると、無焚は顔を上げてアエルのことを睨みつける。
陽にあまりあたっていない白い肌は、真っ赤に染まりあがっていた。
それが図星である何よりの証拠で、嬉しさから、翼までつられて赤くなる。

「……友達…」
「…こんな外見でも、年上だし、なんか…友達って表現は変じゃねぇか…」
「何を言っているのだ無焚殿!あなたも、アエル殿も雷月殿も飴月殿もっ…み、んな、友達っ、だっ!」
「おい、待て莫迦師匠、俺はなんなんだよ俺はっ!!」
「え、雷希は俺の愛弟子であり大事な弟のような存在だったから友達以上恋人未満家族以上みたいな…!」
「恋人未満って表現おかしいだろ!」

雷希が翼に無理矢理詰め寄る様子を見ながら、無焚は味噌汁を啜る。顔の熱は中々引かない。
ちらりとアエルを見れば、アエルも黙々と焼き魚を口に運んでいる。
彼も少し、頬に赤身を帯びていた。

「…翼ってさ、なんかこっぱずかしいこと、平気で言うな…」
「……貴方は私の異能を存じ上げていると思いますが、私の読心の異能を用いても、彼の言葉に嘘偽りがないのは明らかです…というか、彼の心の中はもっと恥ずかしいです…」
「そりゃぁ、己れ、見れなくて正解だわ。」
「まぁ、彼の言葉だけは疑う必要がないとわかるので、一緒にいて楽ではありますけど…」

でも、恥ずかしい人ですよね。
そう言って二人は、翼に気付かれないように笑い合っていた。

 


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