空高編


第3章 神子と双子と襲撃



「…残り二、三年というのは、そういうことですか。」
「俺は今、十八歳だ。もうすぐ十九。成人の儀もすぐそこだ。…成人の儀が終わって、直ぐ死ぬわけではない。けれど、成人の儀が終われば、もう逃げられない。」

だから、逃げて来た。
翼はそう言って、笑った。
アエル達、政府直属の特殊部隊たちだって、孤児たちだって、いつ死ぬのかわからない危ない橋を渡りながら生きている。
けれど、翼は少し違う。
死ぬことが確定している未来を待ちながら、閉ざされた世界で生きる。
その決められた未来を待つしかない人生は、いつ死ぬかわからない人生よりも、人にとっては残酷なのかもしれない。

「確かに俺は恵まれている。恵まれすぎている程に。でも、両親の死に疑問を持ち、血の繋がった人間すらも信じられず、死ぬことが確定しているような人生を生きるのは…どんな心地だろうな。」
「…それは、きっと……」

絶望的ですね。
アエルは、そう呟くことしか、出来なかった。


第40晶 空高青烏


「よぉ翼、少しは良くなったか?」
「だいぶ良くなったよ、無焚殿…それに、みんな…」
「ちょっと翼に話があってねぇ。まぁ此処、君以外にはそこの元特殊部隊くんしかいないし?丁度良いかなって。」

翌日、病室には無焚、羅繻、死燐、そして雷希たち三人の計六人が病室に訪れていた。
お世辞にもあまり広いとは言い難い病室には何人も人が集まっていて、人口密度が高まっている。
部外者というだけならまだしも、つい先日殺し合おうとした仲であるアエルだけは少し居心地悪そうに、顔をしかめていた。

「いいんですか、私が部隊に情報を流す可能性もあると思いますよ?」

アエルの厭味を込めた言葉に真っ先に反応したのは羅繻だった。
藍色の瞳でアエルを見つめながら、にぃ、と口元に笑みを浮かべる。
その笑みはあまりいい笑みではないらしく、隣にいる死燐は少し呆れたような顔をして、眉間に皺を寄せていた。

「その点は心配してないよ。君が暴れた後、君の衣服やこの部屋の内部、ありとあらゆるところを確認させてもらったからね。一応体内も、莫迦兄に言って調べさせてもらったし、何もないことは確認済み。」

羅繻が有無を言わさぬ笑みで語ったことで、アエルは全てを諦めたのか、仰向けになってベッドに寝直す。
事実連絡端末もないし、部隊に見限られた今、連絡を取ってもどうしようもない。
羅繻の言う『元特殊部隊』というのは間違っていないのだ。事実、裏切られたあの時点で、アエルは「元」特殊部隊。現在は、異能が難点なだけのただの孤児。
図星を突かれて何も言えず、アエルは苛立ちを飲み込んだ。

「それに、君も気になるんじゃない?そこにいる、本来ターゲットだった翼と、元相棒であった翼、二人の空高翼の関係性。」
「……翼の…」

アエルが食いついたことに、羅繻は満足そうに微笑む。
彼の想いのままになっているような気がするのは腹立たしくてならないが、アエルは事実、気になっていた。
彼が本物の空高翼でないことは、元々理解の上で組んでいる。
それでは彼は、何者なのか。
その素性は、ただの相棒でしかなかったアエルには伝えられていない。恐らく、他の部隊の人間も知らないだろう。
知っているとすれば、特殊部隊を束ねる隊長であった無色だけだ。
そして、彼の素性が気になるのは翼も同じだったらしい。

「掴めた、のか?」
「掴めたっつーか、掴めてたのが確信に変わっただけ、ってとこかな。」

翼が問いかけると、無焚は得意げに笑う。情報屋を名乗っているのだから、既に情報を握っていてもおかしくはない。
彼が死燐を呼ぶと、死燐は無焚に古びた本を手渡した。
それは少しカビ臭い古びた本ではあるが、何処か見覚えがあった。

「それは…空高一族の史書…!」

翼の部屋にかつてあった、空高一族の歴史、及び直系の家系図が記載された本。
翼が己の運命に気付くきっかけとなった、きっかけになってしまった本。
その本が今、無焚の手元にあるのだ。

「何故それが…、それは、空高一族の俺の部屋にあるはず…」
「お前たちの未来を案じてる奴が、他にもいるってことだ。だから、己れの手元にある。」
「たち…?」

無焚はその古びた本をぱらぱらとめくると、空高一族の家系図を開く。
翼の父、空高青飛と、母、空高鳥歌との間に線が引かれ、その下には、翼の名前。
二人の名前の上には赤い字で日付が入っていて、それが死亡した日付なのだということは、もう理解出来ていた。
全てを理解してしまったあの日から、翼は家系図を見ていない。
他の空高一族の人間もそれに感付いているのか、この世界全体の歴史について触れる授業を行うことはあっても、この本を使わなければいけないような授業は自然と避けられていた。
よって、もう何年もそのページは開いていない。

「違和感があると思わないか?」
「違和感…?」

此処だ、と死燐が示したのは、翼の名前。
よく見れば、翼の名前は紙に直接書かれているのではなく、別の紙を張り付けて、その上に翼の名前が書いてある。

「これ、もしかして下に何か書いてあるんじゃないですか?」

雷月はその紙が何故張り付けられているのか、その理由が予想出来たらしい。
この紙の下には、別の何かが書いてある。
それもただの書き損じではない。
書き損じであれば、そのまま書き直してしまえばいい。
長い家系図だ。古くまで辿ればいくつか書き損じをそのまま訂正している部分も少なからずある。
けれども、翼の名前だけ、そうはしなかった。
ただの書き損じではない。

「…死燐、捲ってくれ。」
「………俺、ですか…」
「己れが不器用なのは知ってるだろ?剥がし方をミスればせっかくの証拠が大惨事になる。お前の方がまだ器用な方だろ?任せたからな。」

死燐は了承の意を示しながら溜息をつくと、爪を立ててカリカリと丁寧に張り付けられた紙を剥がしていく。
その下には、上から貼られた紙とは別の筆跡で、名前が書いてあった。
空高翼と、もう一人。

「空高、青烏……」

その文字を、皆が本を囲うようにして見つめる。
空高翼と空高青烏。家系図の下は、本来二人の名前が書いてあった。
けれど、二人であることを隠さなければいけない事情があり、上から紙を張り付けて、あたかも最初から生まれて来たのが空高翼だけかのように偽造していたのだ。
翼が、このことに気付かないように。

「空高、青烏…青烏…」

翼は独り言のように呟きながら、青烏の名前を呟いて、その文字を優しく撫でる。
聞き覚えのある名前。
けれども、聞き覚えのない名前。

「あの男は、空高翼で間違いない。」

この言葉に、誰もが目を丸めて無焚を見た。
そんなはずはないと言いたげな視線で。
まぁ落ち着いて聞け、と無焚は更に言葉を続ける。

「空高翼と空高青烏は双子の兄弟。ある事情から青烏の存在は隠蔽され、翼が神の子として表舞台に立たされることになった…はず、だった。けれど、それは失敗していた。そっくり過ぎた双子は、直前に入れ替わっていたんだ。そして、『表舞台に立つ翼』は記憶を消され、一人っ子の翼として、生きて来た。」

翼は頭を抱えて俯く。
ズキンズキンと刺激のある痛みに苦悶の表情を浮かべ、ベッドのシーツを力強く握り締めた。

「アンタの本名は空高青烏。そして、今偽物として特殊部隊にいる奴が…空高青烏として入れ替わった空高翼。お前の双子の弟だ。」

 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -