空高編


第3章 神子と双子と襲撃



「…それで、どうなったんですか?いや、どうなったって言い方、変かもしれませんが…」
「残念ながら、そこで俺の記憶はプツリと途切れてしまってな。気付いたら屋敷で眠っていたよ。雷希は、何処にもいなかった。」

リンリンと虫の音が聞こえている。
その音が本来であれば心地良いはずなのだが、なかなかそうは感じられない。

「俺は恵まれている。…あんな目にあっても、きっと恵まれているんだろうな…でも、あれ以来、俺は半ば閉じ込められるように隔離された。」

翼はまるで夜空を眺めるように、暗くなった天井を見つめている。

「雷希を喪って、あの子と離ればなれになって、自覚した。…俺の味方は何処にもいない。いつ死んでもおかしくない。」
「いつ死んでもおかしくないって、それは、変じゃないですか?屋敷に幽閉されているのであれば、殺されることはないでしょう…?」
「それは逆だよ、アエル殿。それは外部に…勝手に、自分たちの望まぬタイミングで殺されるのを防ぐ為、さ。」

アエルは、翼の顔を見る。
この出来事をつい昨日のことのように話す翼の顔は、驚くほど穏やかだった。

「俺は、きっと生きて後二、三年の命だっただろうな。」


第38晶 夜の痕


あの夜、目を覚ました翼は屋敷の自室にいた。
その翌日、大人達から伝えられた話によると、荒雲、卯雲、卯時は内乱を起こし、共倒れとなるような形で滅びたと。
荒雲雷希はその内乱に巻き込まれ、生死不明。生存は望ましくない。と。
当然翼は抗議した。
確かに荒雲と卯雲と卯時は争ったかもしれない。でも、その争いは、互いを滅ぼそうと内乱を起こしたからではない。空高一族がその火種を撒いたから。
その結果、互いが互いに、無差別に、争う結果があったのかもしれない。それは翼自身の目で見ていないから、わからない。けれど、ただの内乱ではない。ただの共倒れではない。
翼はそれを、訴えたかった。

「違う、内乱なんてない、俺ッ…、…私は、実際に見た!!あれはッ…!!」
「翼様。」

翼の目の前にいた男は、丁寧に、けれども厳しい口調で翼の言葉を遮る。
まるで反論は許さないかのように、冷たい瞳で翼のことを見据えていた。
否、きっと、実際に彼は反論を許したくないのだろう。
翼が押し黙ると、その冷たさが嘘だったかのように、朗らかな笑みを浮かべ直す。全く異なるその表情に、翼は身構えるように、身体を固くしていた。

「それは、夢です。翼様はずっと、眠っておられました。…きっと、荒雲雷希のことで動揺しているのでしょう。今は、ゆっくりとお休みください。」

男は深々と頭を下げると、ゆっくりと翼の部屋から出て行く。
襖を閉めたと同時に、ガシャンと何かで閉ざされるような、厭な音がした。
この音は何だ。
翼は立ち上がるとゆっくりと襖に手をかけ、開けようと試みる。しかし、襖は固くどんなに開けようとしてもそれは開くことはない。
違和感を覚えて周囲を見回せば、かつては外を見回すことが出来た窓が、今は、ない。
まるで最初からなかったかのように、そこに窓は存在しなかった。
窓があったはずの壁に、そっと触れる。

(俺は、間違いなく、此処にあったはずの窓から飛び降りて、雷希に会いに行った…)

そして雷希は殺されかけて。それで。
翼の記憶は、途切れた。
腹部に残る踏みつけられた時の痛みも、雷希と森の中を駆けた時の草の臭いも、間違いなく本物だ。
夢なんてことはあるはずがない。
では、何故夢だと言い切るのか。どうしてそれを隠すのか。空高が、荒雲・卯雲・卯時を始末したがっていたから。
そして、それを翼に知られたくないから。
雷希の生死が不明なのは事実だろう。翼に嘘を突き通すのであれば、荒雲雷希は死んだのだと伝えた方が都合がいい。生きていると伝えれば当然翼は会いたがる。そんな選択の中、生死不明を選んだということは、それは真であるということ。
そして、生存が望ましくないと思われるのも事実であること。
十二歳の幼子が、大人達が刃を振るい血飛沫をまき散らし争う中、生き残れるとは到底思えない。
遺体が見つかっていないだけで、あの後、誰かに殺されてしまったのかもしれない。

(それでも、俺は…)

あの子が生きていると、そう、思いたい。
だって翼は生きているから。
あのまま雷希が殺されているというのなら、一緒に居た翼だって殺されていてもおかしくはない。否、寧ろ殺されているべきだ。
それなのに翼は布団の上で眠っていた。傷一つなく。
自分が無事なのであれば、雷希も同じように無事に違いない。
それは願望であり、確信であり、予想であり、取り留めもない、何の保証もない、勘だった。

(きっと俺は、この屋敷から当分出られないのだろうな。)

寧ろ、この部屋から、か。
翼は身体を布団の中へと飛び込ませ、柔らかな布団とひと肌の温もりを堪能する。
ごろごろと寝転がっていれば、布団から睡魔という魔の手が翼を絡め取るようにやって来た。
ぼんやりと、開かなくなった襖を見つめる。
この処遇が、夢ではないという何よりの証だった。
部屋から出ることは、きっと成人の儀を迎え、神の子として、世間に出るまで許されないのだろう。
無駄な抵抗をしたところで、翼一人ではきっと他の守役たちに取り押さえられ部屋へ連れ戻されるだろうし、屋敷の警備はより厳しいものへと変わっているに違いない。
何をしても無駄なのだと、襖が語り掛けているように感じた。

(退屈だ。)

本来であれば、もうすぐ雷希がやって来る時間だった。
仏頂面をしていたが、それでも毎日欠かさず同じ時間にやって来てくれていた。
けれど、もう雷希は来ない。
来ることはない。
今頃、どうしているのだろうか。
何処かで、元気に生きてくれていたら、どんなに嬉しいことだろうか。

(それで、良い。今は…お前が生きていれば……)

どうせ自分は、此処に居る限り、安全なのだから。
神の子という存在を大事にしないものはいない。例えこの屋敷から出られなくても、自分の安全は保障されている。
ならば、今は、あの子の無事を祈るしか、出来ない。

(弱いな、俺…は…)

重力に従い重くなっていく瞼は、最終的には絡め取られた睡魔の手によって、固く閉ざされることになった。

 


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