空高編


第2章 神子と接触



昔から、「強い者」に憧れていた。
だって、強ければ誰かに虐められることもないし、馬鹿にされることもない。
強ければ、大切な存在を守ることも出来る。
自分が憧れる「強さ」というものを実現する為には、「女」であることは邪魔だった。
だから、女であることを隠した。
だから、女であることを捨てた。

「僕は…」

姿も。言葉遣いも。女のそれではなく、男のそれを使うよう、徹底した。

「僕は、強くなりたい。」

弱い存在でいることが。
守られる存在でいることが。
苦痛でしか、なかったから。


第23晶 強さへの憧れ


森の草木を踏みしめて、奥へ奥へと早足で進んでいく。
元の道を辿っているのかも怪しいし、そもそも元の道を意識して歩いている訳でもない。
しかしすぐにでもその場から逃げ出したかった。
別に無理をして隠し通したいものではない。
どんなに男性と同じ装束をしていても、どんなに一人称を男のそれで話しても、体が女であることには変わりない。
体は女だけど心は男とか、そういうことを思っている訳でもない。
それでも、吟によって姿を晒されたことがどうしようもなく恥ずかしくて。
今までのどんな自分よりも、とても弱く、情けない存在になってしまったかのように思えて。
感情のままに外へと飛び出してしまった。

「…っ、はぁっ…」

息を切らしながら、少しずつ走るペースを緩めていき、気付けば足は止まっている。
がさがさと木の葉が擦れあう音が聞こえる以外、何も聞こえない。
幽爛たちと森の中を歩いていた時は滝の音も聞こえていたはずなのに、今となってはその音も耳に届かない。
ただただシンとしているのも不気味だが、木のざわめきと木々で明かりが届かない閉鎖的な空間では余計に気味悪さが増す。
心なしか背筋が冷えるような感覚を覚え、ぞくりと体を震わせた。
怖がる必要はないと心の中で繰り返しても、一度植えられた恐怖心はなかなか簡単に拭い去ることは出来ないようで、寒気故だった震えは徐々に恐怖へと変化していく。

(何を震えているんだ、僕は。)

思い返せば雷希や飴月と出会ってからは、二人と行動を共にすることが多かった。
どちから一方は必ずそばにいてくれたし、留守番以外で一人で行動をするということの方が少ない。
なんだ、どんなに恰好をつけたところで、取り繕ったところで、一人では何も出来ない、弱い存在であることには変わりないではないか。
その事実を自覚し、雷月は自嘲気味に微笑む。
ガサリ、と背後の草陰が揺れる音が耳に届く。
振り向くと雷月の体よりも大きいであろう犬の姿を模した生物が口元から真っ赤な液体を滴らせながらこちらをぎょろりと睨む。

「………あ……」

その液体は恐らく、人の血肉を噛み砕き食した故のものなのだろう。
涎と血肉が混ざり合い赤い液体が草へと伝い落ちる。
低く唸るその姿はどう見ても妖で、恐らく野良犬に悪霊が乗り移ったと想像出来た。
犬の口ががぱりと開く。
大きく開かれたその口は、雷月の頭を丸々食べてしまるだろう。
咄嗟のことに対応出来ず、大きくあけられた赤い口内を見つめたまま硬直していると。

「雷月!」

聞き覚えのある声と共に、犬の巨体を鋭利な刃が貫く。
犬の体から飛び散った血液が頬へと飛び散り、その小さな刺激ではっと我に返ると、瞳から生気を失い地面へと倒れる巨体を踏みつける少年の姿。
はぁ、と息を切らしながら犬の体に突き刺さった大剣をずぷりと引き抜くと犬の体から流れ出る血液と同じ赤い瞳をした少年は呆れたように溜息を洩らした。

「やっと見つけた。こんなとこまで走るなんて、無鉄砲にも程があるだろ。」
「む、無鉄砲とはなんですか!」
「無鉄砲は無鉄砲だろ。しかも妖に襲われかけてるし、油断も隙もねぇな。」
「う、そ、それは…」

流石に反論できずに口ごもっていると、雷希ははぁ、ともう一度深い溜息。
己の着ていた黒いコートを脱ぐと雷月の体へと優しくかける。
その行動が雷月には意外だったようで、思わず瞳を丸めた。

「ら、雷希…?」
「いいから、一旦帰るぞ。翼も飴月も心配してんだ。」
「あ、あの…雷希…」
「んだよ。」
「………なんでも、ねぇです。」

ありがとう?ごめんなさい?怒ってる?呆れてる?
まず目の前にいる彼になんて声をかければいいのだろう。どの言葉が正解なのだろう。
正解が浮かばず、生意気な言葉で誤魔化してしまう。
言いたい言葉はこれではないはずなのに、最適な言葉が浮かばない。

「……よわっちいですね、僕。」

ようやっと出てきた言葉は、本心ではあるもののやはり自分が言いたい言葉とは少し違う。
聞こえるか聞こえないかの小さな声でぽつりとつぶやいたはずなのに、雷希の耳にはしっかりと届いていたようで雷希は首を傾げた。

「雷月は強いだろ。俺や飴月を拾ってくれたのはお前だし、強いっつーのは…喧嘩に強いとか、そういうのだけじゃねえだろ。」
「…雷希?」
「お前は確かに喧嘩はダメだろうし女だけど、でも、男とか女とか、関係なく、お前は強いと思う。」

具体性も根拠もない言葉。
しかし、日頃、喧嘩ばかりしている雷月相手に必死に考え選んで導き出したであろう精一杯の言葉と回答。
自分と違って、素直にきちんと言葉を紡ぎだせる雷希が羨ましい。
しかしそれと同じくらい、否、それ以上に、自分を肯定してくれる言葉が嬉しくて。

「…雷希の癖に生意気でやがります。」
「なっ!人がせっかく慰めてやってるっつーのに!つか!わざわざ迎えに来たのにさっきからなんだよ!」
「別に頼んでねーですよーだ!」
「くっそ!!来なきゃよかった!!」

忌々しげに顔をしかめ、不満をぶつぶつと呟く雷希の姿を見つめながら、雷月は頬を緩ませる。

「…ありがとう。」

聞こえるか聞こえないかの小さな声。
出来ることならば届いたらいいな。否、でも、やっぱり恥ずかしいから届かないでほしいな。
そんな複雑な思いを抱きながら、雷月はぽつりと礼の言葉を呟いた。

 


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