空高編


第2章 神子と接触



大広間でぴくりとも動かない黒いコートの男達。
銀色の髪の男は、血のように真っ赤な服で身を包みその光景を見下ろしていた。
その手を、靴のつま先で軽く蹴ってみる。

(反応がない。死んでるな、こりゃ。)

長い前髪は右目を覆っており、唯一露わとなっている金色の左目でそれを見つめる。
口元をぺろりと舐めると、めきめきと軋む音がして頭部の左側から鋭利な角が生え出した。
冷たくなった男の手を取り手袋を外す。
青白い指を、鋭利な牙でがぶりと一口噛みついた。


第21晶 要注意人物100%


「1階はエントランスホール、2階は大広間と書庫、その他メンバーの寝室だ。」
「それ以外はどうなってるんですか?」
「基本的には空き部屋とか、研究室の名残が残っているところもある。3階以降と地下は行かない方がいいぞ。」
「行っちゃダメなの?」
「行っちゃダメって訳じゃないが…しばらく飯が食えなくなってもいいなら。」

死燐の言葉が何を意味するのか想像し、思わず沈黙する。
恐らく彼にとっては何の意図も悪意もなく、思ったことを素直に言っているだけなのだろう。

「あぁ、後大広間も今は戻らない方が良い。醜射がいるだろうしな。」
「シュウイ…?」
「アイツは人喰鬼だ。つまりはまぁ、そういう事だ。」
「…食ってんのか。」

雷希が顔を青くしながら、ぼそりと呟く。
羅繻はあはは、と苦笑いを浮かべていたが決して否定はしなかった。
それは肯定を意味するのだろう。

「…美味しいのかしら。」

横で呟いた飴月の言葉を、翼は聞かないことにした。

「死燐は何かやっていたりするのか?」

雷希が問いかけると、死燐が振り向く。
ふむ、と口元に手を当てて考え込むような仕草をした。

「普通の人間に戻る。」
「え?」

ぽそりと死燐が呟く。
声が小さく、上手く聞き取れなかったので雷希は思わず聞き返した。

「やっているといえばやっているが…まぁ人に役に立つかはわからないよ。」

何事もないように、そう告げてまた前方に向き直る。
部屋の前にはそれぞれネームプレートがついていて、此処は誰の部屋でどんな奴で、と簡単な話を受けた。
羅繻は先程の大広間での闘いからして、普通の人間ではないとは思っていた。
しかし、他の組織の者も、どうやら人間ではないらしい。

「死燐殿は、その…」
「俺か?俺は中途半端って感じかな。かろうじて人間?」
「人としての神経は麻痺してそうだけどな。」
「否定はしないよ。」

雷希の冗談めいた皮肉にも素直に返す。
さて、と翼に向き直る。

「どうする?3階以降も見てみるか?」
「いや、それはまたの機会にしようかと思っている。あまり長居しても申し訳ないしな。」
「そうだな…うちは茶もろくに出せないからな。今日だってみんなまともに飯を食えるかどうか。」

死燐は笑顔で言ってのけているが、決して笑って言えるような事ではない。
少なくとも翼達であれば、その日何も食べれないとなると死にはしなが、やはり飢えてしまう。
食べ物がないから飢えを我慢しているのか、それとも飢えを感じないのか。
普通の人間と違って食事は必要ないのかもしれないが、所々で彼等の異常性を垣間見る。
笑えばいいのか、突っ込めばいいのかわからずに引きつった曖昧な笑みを浮かべていると、後ろからガチャリと扉の開く音が聞こえた。
振り向くと大広間から全身黒ずくめの青年が出て来る。
フードをすっぽりと覆っている為、顔がよく見えない。

「醜射が片付け終わったって。掃除もしたから、人が入っても問題ないよ。」
「あぁ、ありがとう。」
「別に俺はグロいのとか気にしないけど、やっぱ血の匂いとか肉片ついてるのとか嫌だしなぁ。」

死燐と羅繻の隣に、翼達がいるということに気付いているのかいないのか。
その青年はぺらぺらと掃除前の部屋の凄惨さを語っている。

(やっぱり、食っていたのか。)

翼は心の中で確信したことを呟いていると、ん、と男は声を漏らしてこちらを見つめた。
どうやら今ようやっと翼達の存在に気付いたらしい。

「死燐、コイツ等は?」
「なんだ、衿から聞かなかったのか?」
「俺がアイツ嫌いなの知ってるでしょ。」
「はいはい。その割にはいつも一緒にいる癖に。例の奴らだよ。」
「あー、空高翼とその一味ね。」
「その一味ってなんだよ、その一味って。」

おまけ扱いされたのが不服なのか、雷希はいつもよりムキなりながら男に言い返す。
男は気にも留めていないようで、じろじろと翼達4人を見つめていた。

「俺、男はどうでもいいからさ。女2人か。女の客人なんて珍しいじゃん。」
「あくまで客だ。いつもみたいに手出すなよ。」
「わかってるって。」

男は口元に不敵な笑みを浮かべているのだから、どうも信用し難い。
ところで、と先程の男の言葉に疑問が浮かぶ。

「女2人…?」

翼は思わず、男の言葉を復唱してしまった。
何故なら、此処にいる女性は飴月だけのはずだからだ。
雷希は見るからに男性だし、翼も中性的とは言われるが、自信を持って男だと言い張る。
雷月だって、確かに翼よりも中性的な容姿をしているが、男と言っていた。
男はおや、と首をかしげる。

「それとも3人か?」
「俺か?まさか俺のことなのか!?」
「いや、お前みたいな仔兎、もう女って言われても納得しちまうわー」
「うさっ…?!」

完全に男のペースに飲まれていると、死燐がこら、と助け舟を出した。

「吟。あんまり茶化してやるな。翼が泣きそうだ。」
「泣いていない!」
「あー…なんかごめんね?気にしてる?」
「やかましい!」

吟と呼ばれた男は尚も茶化して来るので翼はきっと睨みつけて言い返す。
すると、フードの中からちらりと見えた彼の瞳は衿と同様、藍と紅の綺麗なオッドアイだった。
じっと目を見つめていると、それに気付いたのかふいと顔を反らす。
す、と吟は腕をあげると飴月を指刺した。

「で、そっちのお嬢さんは間違いなく女でしょ。それと。」

指は雷月へと動かされる。

「そっちも、女でしょ?俺の目と鼻は誤魔化せないよ?」

雷希と翼は思わず雷月へと視線を注ぐ。
雷月は困ったように頬を赤らめていて。
対象的に吟は、勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべていた。

 


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