アルフライラ


Side白



最初は、兄に対する対抗心からだった。
誰よりも愚かで。誰よりも劣る、誰よりも見下していた兄。
落ちこぼれのはずなのに、この国を統括する男の専属魔術師という、まるで勝ち組ともいえるような立ち位置にいる彼が妬ましくなかったといえば嘘になる。
そんな兄に勝つには、自分の方が優秀なのだと言わせるのは、彼の上司である、統括者。つまり、ノワールと対抗する男の元について、その男を勝たせれば。
そうすれば、兄よりも自分の方が優秀であると、そう証明出来ると思った。

「君が、ブラン=アラジニア君?」

だから、純粋にこの国を変えたいとか、未来を歩みたいとか、そんな心から彼に近付いた訳じゃないんだ。
兄に勝つために。兄の上を行くために。その道具とするために。そんなくだらない理由で近付いた。

「君に協力したいんだ。」

けれど、そんな自分を信頼して、受け入れてくれたこの男に。誰よりも綺麗な瞳を持ってこの国の未来を語るこの男に。
心の底から付いて行きたいと思うようになるのにそう時間がかからなかったのは、また、別の話だ。


Part24 決別の時:テフィラとオズ


魔力の塊と魔力の塊が、弾け合う。
弾けたその衝撃で、テフィラとオズ、それぞれの身体は宮殿の壁に叩きつけられた。
身体が壁に打ち付けられるのは、これで幾度目だ。もう数えるのを諦めたぐらいなので、複数回叩きつけられているということしか、もう記憶にない。
痛む背中。ボロボロの衣服は、身体の衝撃を和らげる役割なんて全く果たしていない。
よろよろと杖を持ちながら立ち上がると、テフィラもまた、杖で身体を支えながら、なんとか立ち上がっている。
自分よりも幼い姿の兄を目の前にして、オズは、胸に溜まっているもやもやとした黒い淀みを、必死に抑え込んでいた。
怒りに心を飲まれてはいけない。
魔術は感情に、いともたやすく左右される繊細なものだ。少しでも心を乱せば、魔術の精度は狂う。そうすれば、こちらは簡単に敗北をする。
それ程までに、目の前の男の、テフィラ=エメットの魔力は、膨大なものであった。

「……まさか、」
「まさか、僕なんかの魔力がこんなにも膨大だとは思わなかった?」

テフィラの言葉に、オズの心臓はどきりと跳ねる。
全く同じことを、実際に思っていたからだ。高鳴る心臓に鎮まるよう言い聞かせながら、オズはごくりと唾を飲み込む。
図星のようだね、と、テフィラは微笑んだ。
微笑むその様は、美しい顔立ちをした美少年のそれだ。彼の肉体年齢は十代で既に停止しているけれど、彼の実際年齢は、三十半ばのはず。
年齢詐欺も良いところだと悪態をつきたいところだが、それどころではない、ということだけはよくわかった。

「オズは、本当に優秀な魔術師だから、僕のこと、全然視界に留めてなかったもんね。僕のこと、知らなくて当然だよ。」
「どういうことだ。」
「そのままの意味だよ。落ちこぼれっていうのはね。決して魔力量が少ないとは限らない、ってことだよ。」

テフィラはそう言って、穏やかな笑みを浮かべたまま、杖を振るう。
杖を振るえば、また地面から木々が姿を現して、オズに勢いよく向かっていく。その木々の猛攻を、オズもまた、杖を振るい、木々を赤い炎で包んで応戦した。
植物を使った攻撃魔法。
これがテフィラの特技だ。逆を言えば、彼はあまり攻撃のボキャブラリーがない。炎魔法や水魔法を使ってくる気配がないところから、彼は、植物魔法によく長けているのだろう。
それ以外の魔法が使えないのか。使わない理由があるのか。
けれど攻撃の幅が少ないのであれば、それは、オズにとって好都合であった。

「ねえ、オズ。もうやめよう。こんなことやめようよ。永久に続く理想郷で、時が止まった世界の中で、平穏に過ごしていくだけでは、駄目なのかい?」

テフィラが問いかける。
確かに、人によってはそれでいいと首を縦に頷くだろう。けれど、オズは、首を静かに横へ振った。
時が止まったままでは、駄目なのだ。

「人類は、流れる時の中で、発展してきた。そして、それは、魔術も同じだ。」

人類と共に、魔術は発展してきた。
ありとあらゆるものを創造し、破壊することが出来る魔術。その魔術を操ることが出来るのが魔術師であり、魔術師は、魔術を生み出し、人々に継承し、人々の為に使役していくのが、その存在意義。
少なくとも、両親からは、そう教えられてきた。

「魔術は人々と共に。時と共に、発展していく。魔術の歩みを止めるのであれば、それは魔術師に在らず。あんたのしていることは、魔術に対する冒涜だ。」
「本当に素晴らしい魔術師ならば、止まった時の中でも、如何様にでも出来るさ。そういうものではないのかい?僕は僕の知識を、僕の知恵を、本当に素晴らしい魔術師に託した。それがノワールだ。彼は素晴らしい、素敵な魔術師だよ。僕は魔術師として、彼に魔術を託すことが出来ることを、喜ばしく思っている。」
「魔術師の魔術は、その魔術師自身のものだ。弟子に継承することこそあれ、全て丸ごと渡してしまうなんて、魔術師のプライドがない人間がすることだ。アンタは全てにおいて、魔術師失格だよ。テフィラ。」
「それはどうかな。くだらないプライドから、魔術師としての在り方を縛っている……君の方こそ、魔術師に相応しくないのかもしれないよ。オズワルド。」
「なんっ……」

オズが声をあげようとしたその時、目の前を、眩い光が支配した。
光の色は、翠色。鮮やかなその光は暖かくて、何処かで感じたことのある懐かしさがあって。
そして、その懐かしさが何なのか、すぐに、オズは思い出すことが出来た。

(アラジン……)

この光は、アラジンの光だ。
アラジンが、ノワールの元で、きっと、何かを成し遂げることが出来たのだ。
この光は、その証。

「テフィラアアアアア!」

オズは声をあげ、杖を振るう。自分も彼に応えなければ。自分を信じて、前へと進んでくれた彼に恥じないように。
ありったけの魔力を注ぎ、全力で杖を振るえば、魔力に呼応した光の刃がテフィラへ向かって飛んでいき、その身体を、突き刺した。

「ッッ……!」

ずぷり、ずぷりと、肉に刃が刺さる。腕に、胸に、腹に、足に、鋭い魔力で出来た刃が、深く深く食い込んでいた。
その刃はまるで杭のように太く、抉るように食い込んでいるそれは、身体に激しい痛みを与えて来る。
ゲホ、と、軽く咳き込めば、ごぽりと赤黒い血液が零れ落ちて絨毯を穢していく。
全身の力が抜けたテフィラは、自身の血で、赤く染まった絨毯の上に倒れ込んだ。

「はぁ、ハッ……ハアッ……」

オズは、大きく息を吸って、吐く。
テフィラのことをじっと観察すれば、彼の身体から、魔力が抜け出ていく様がよくわかった。
自然と回復する気配はない。彼の肉体は、魂は、「死」という時に向かって、進み始めている。

「……あーあ……最期まで、兄は……弟に、劣った、ままだった……なあ……」

自身の死を、感じているのだろう。テフィラは、力なく床に倒れたまま、自嘲気味に、声を漏らす。
そんな兄を、今にも死にそうになっている兄を、オズは、ただ、ただ、見つめていた。

「でも、後悔は、ない。よ。僕は、あの人に……救われ、た……から。だから、僕は……最期、まで……あの子の、ことを……」

テフィラの言葉は、そこから先、続くことはなかった。
瞳から光が消えていくのを、魔力が尽きていくのを、彼の時が、違う意味で、止まってしまうことを、オズは、静かに、静かに見送った。
そして。

「……勝った……」

その結論が、思わず、オズの口から、こぼれ出た。
兄に、勝った。
否、勝つのは当然なのだ。だって兄よりも自分の方が、優秀なのだから。勝つのは、当たり前で。当然で。必然で。
でも。

「これは、何だ?」

兄に勝った。兄を討った。悪逆非道で自分勝手な統括者。その男の手助けをしていた罪人に等しいこの男を倒したことは、正しいことだ。間違っていない。自分は間違っていなくて、兄は愚か者として歴史にその名を残す。
これでいい。これでいいはずなのに。
込み上げてくるのは、虚しさ。
喜ぶべきはずなのに。やった、と、雄叫びをあげるべきところのはずなのに。

「この虚しさは、何なんだ……」

最期まで、この、テフィラ=エメットという兄を理解することが出来なかった。
最期まで、兄と認識することが出来なかったこの、血が繋がっただけの男の亡骸を眺めながら、オズは、力なく、その場に膝から崩れ落ちたのだった。

 


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