アルフライラ


Side白



「追い返されてしまったな。」

アラジンの後ろに、ひっそりと立っていたアリスが、アラジンの服を、無言で掴んだまま頷く。
コハクとコクヨウは彼女の存在に気付かなかったようだが、アリスは、彼の後ろから二人のことをじっと眺めていたのだ。
そして、何かに気付いたように、訴えるように、アラジンの服を何度も引っ張る。
口数の少ない彼女は、よくこうして、アラジンに何か訴えたい時は彼の服を引っ張った。つまり、これが初めてではない。

「何だ、アリス。」

そしてアラジンは、何かを言いたげなアリスに対し、首を傾げるのであった。


Part22 希望の光:アラジンとコハクU


断られたあの日から、アラジンは、何度も何度もコハクの元へと通った。
その度にコハクは首を横に振り、アラジンのことを追い返したけれども、それでもアラジンは、懲りることなく、彼等の元へと足を運んだのだ。
そしてついに、コハクは痺れを切らし、アラジンに対し、こう声をあげた。

「どうして。何度も断っているじゃないか。僕らは今の生活で満足している。満足しているんだ。だから、もう僕らに関わらないでくれ!」

コハクがそう声をあげるのも無理はない。
何度も満足している、このままでいい、そう言っているにも関わらず、アラジンはコハクたちの元へと通い続けているのだから、精神的に参ってしまっているだろう。
他にも、ノワールのやり方に、少なからず疑問を持っている人間は大勢いる。
それなのに、何故、自分たちなのか。そしてどうして、毎日しつこくこう尋ねて来るのか。
疑問と怒りが渦巻いて、コハクは再び、声を上げた。

「何故僕たちなんだ。声をかけるだけならば、他にも国民はいるだろう。」

何故。
そう問いかけられて、アラジンは、不思議そうに首を傾げた。
まるで、さも当たり前かのように。

「お前たちは、信頼に値するから。」

そう、答えたのだ。
その答えに、思わず、コハクは目を丸める。アラジンとコハクは決して親しい間柄ではない。まともに会話をしたこともないため、彼の誕生日どころか、年齢すらも知らない始末だ。
それなのに、アラジンは、コハクのことを信頼に値する人間だという。
根拠は一体何処にあるのか。疑問に思っていると、アラジンは自らそれを説明した。

「俺はこれでも商人だ。取引をするにあたり、人のことはよく見ている。人を見る目は、あるつもりだ。お前たち夫婦は信頼に値するし、それに、その衣は東の国出身の者のそれだろう。東の人間は武芸にも知恵にも長けると聞いた。故に、力を借りたい。それに。」
「……それに……?」
「お前たちは、本当は子宝を諦めてはいない。」
「……!」

予想ではなく、確信。確信をもって、アラジンはコハクに、そう言葉を投げかけた。
子宝は諦めた。何度もそう言っているのに。未来を望むことは諦めたと、何度も、そう言っていたのに。
彼は、何故、そう言い切ることが出来るのか。

「お前の奥方が帯に飾りとしてつけていた石。あれは、ガーネットだろう。」

そう言われて、はっとする。
確かにコクヨウは、普段、衣装を着る際に帯を巻く。そしてその帯を紐で結んだ際に、飾り物として、ガーネットの石を使った飾り物を身に付けていた。
それは以前、コハクは買い与えたものだ。
この国の時が止まる、少し前に。

「ガーネットは1月の誕生石。恐らく、奥方も1月生まれなのだろう。それだけなら、まだ、わかる。だが、ガーネットに込められた意味はそれだけではない。」
「どういう、こと?」
「ガーネットは真っ赤な石。柘榴石とも呼ばれているそれの語源は“種”。昔から“多産の石”と呼ばれ、子が産みたいという夫婦や中々子宝に恵まれない夫婦がお守りとして身に付けることが多い石だ。お前はともかく、女性である奥方が、それに気付かぬ訳がない。それならば、その石を付けている必要もないだろう。」
「……妄想みたいな推理だね。必ずしも、子宝が欲しくてガーネットを身に付けるとは限らないじゃないか。それに、諦めたからこそ、それを付けていることが出来るとも、取れるんじゃないかい?」
「そうだな。そうとも思えるだろう。しかしガーネットは赤いものだけではない。他の色もある。」
「でも、メジャーなのは赤だ。それにガーネットは、努力が実を結ぶ石ともされている。子宝のお守り以外にも、使いようはある。あまりに下衆な勘ぐりをするなら、それこそ、僕も穏やかでいられないけれど。」

コハクが一歩、前に出ようとした時、彼の身体を、細い両手が後ろから包んだ。
長い黒髪を揺らした女性が、コハクの身体を、後ろから抱きしめたのである。彼女が着ている帯には、赤い、ガーネットの石が埋め込まれた飾り物がつけられていた。

「コハク。もういい。もういいよ。」
「……コクヨウ……」
「その人の言う通りだ。確かに、綺麗な石だし、誕生石なら、丁度良い……そう思う部分もあった。けれど、やっぱり、パワーストーンって言うぐらいだからね。お守りとしてつけていたところが多いよ。コハクだって、私が普段、飾り物をあまりしないのは知っているだろう。」
「それは……」
「この世界のメカニズムを知った後でも、さ。もしかしたら、これを身に付けていれば、いつか。いつか奇跡が起きて、子宝に恵まれるかもしれない、なんて。期待して。そんな奇跡なんて、ある訳がないんだけれど、さ。」

コハクを抱きしめるコクヨウの腕は、よく見れば、小さく震えていた。

「……ねえ。コハク。やっぱり、私は子どもが欲しい。貴方の子どもが産みたい。一緒に過ごして、笑って、喧嘩して、一緒に年をとっていきたい。この国はきっと、理想なんだと思う。ずっと一緒にいることが出来る、夢のような、世界。でも、さ。違うよ。ずっと、繰り返された日々を過ごしているのは……生きてるなんて、言えない。」
「でも、コクヨウ。それは。」
「わかってる。危ないことだって。よくないことだって。わかってるけど、でも、私は、かなうならば、子どもが欲しい。」

コハクは、困ったように、コクヨウのことを見た。そして、彼女を見た瞬間、コハクは、目を丸めた。
コクヨウは、泣いていたのだ。その瞳からぽろぽろと、それこそ、真珠のように、透き通った大粒の涙をこぼして、泣いていたのだ。

「アラジンの話を聞いて、思ったよ。もしも、かなうなら……って。私は、自分の心を、偽りたくない。どうすればいい。ねえ、コハク。私は、私たちは、どうすればいいんだ。」
「戦えばいい。」

アラジンの真っ直ぐな言葉に、コハクとコクヨウは顔をあげる。
アラジンは翠色の両目で二人を真っ直ぐ見つめていた。その輝きは先日出会ったばかりのころと何も変わっていなくて。
その光はまさに、光り輝く、希望のそれのように思えた。
乾ききった砂漠の大地に一輪だけ咲いている、希望の花のように。

「勿論、簡単ではないことは知っている。簡単に言っているつもりはない。覚悟を持って言っている。けれど、自分たちの望む世界を、望む未来を掴むためには、戦うしかない。戦わず、このまま何もせずにいても、きっと、この世界は何も変わらないはずだから。」

だから、と、アラジンはその手を差し伸べる。
この手を取って欲しい。そう、強く、二人に訴える。

「手を取ってくれ。一緒に、この国を変えよう。一緒に、未来を、希望を、掴み取ろう。俺達自身の、国民自身の手で。」

そして差し伸べられた力強いその手に、二つの手の平が、伸ばされた。
これが、コハクとコクヨウ。二人が、アラジンと出会った時の話。アラジンによって蒔かれた希望の種が、芽吹き始めた時の話。

 


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