アルフライラ


Side白



赤い絨毯の上を駆けていくと、真っ白なマントを翻しながら、その男は、ゆっくりとその宮殿内を歩いていた。
胸を張って、威風堂々と、この宮殿の主なのだから、至極当然だと言わんばかりに。
彼と共に逃げた旧友は何処へ行ってしまったのだろう。
疑問は残るけれども、アラジンは、目の前の男を静止させるべく、その男の名を呼んだ。

「ノワール!」

呼ばれた男は、ぴたり、と、素直に足を止める。
ゆっくりと振り向いたその男は、ひどく冷めた瞳で、アラジンたちを見据えた。
よく見ればその手には剣が握られていて、その切っ先には、付着したばかりなのであろう、色鮮やかな、赤い液体がこびり付いていた。
ぽた、ぽた、ぽた、と、零れ落ちる液体は、真っ赤な絨毯を黒く染め上げる。
まだ新しいそれを目の当たりにして、僅か数分前に、誰かを切りつけたのだということだけは、わかる。わかってしまう。
そしてその血の持ち主が、誰であるのか。

「貴様……自分の部下を……」
「棄てた、さ。まあこの国にいる限り、死ぬことはないだろうが……」

そう言って、くくく、と、喉を鳴らして男が笑う。
死ぬことはない。この不老不死の国ならば。しかし、実際のところ、どうなのだろう。
この国を支配する男なのだ。一人だけ、例外とすることは造作もないはず。
血も涙もないこの男に、沸々と、怒りが湧いて来る。そして、その怒りは、いつしか殺意へと、変わっていく。

「まさか、許せない、とでもいうのか?寧ろ感謝をしてほしいな。お前にとって、あの男は、裏切り者だろう?処分してくれて、余計な敵を消してくれて、寧ろ感謝をしてほしいくらいだな。」

そう言って、ノワールは高々と笑った。
これがこの国を治める人間の、人の上に立つ人間のやることか。否、そんなことあってはいけないと、アラジンは強く首を横に振る。
だって、目の前にいるのは、この国の統治者なんかではない。
ただの、己の欲望に忠実な、強欲な悪魔なのだから。


Part20 対峙:アラジンとノワール


しばらく高笑いを続けていたノワールは、突然、笑うのを止めたかと思うと、深く、深く溜息を吐いた。
もう笑うということに飽きたのか、少し疲れてしまったのか、少なくとも、彼の事情なんて、アラジンたちにとっては、どうでもいいことだ。
さて、と、ノワールが呟く。

「ブラン=アラジニア。お前はこの国は理想郷ではないと言ったな。」
「嗚呼、そうだ。」
「では、お前の語る理想郷とは、何だ?」
「それは……」
「わからぬまま、この国を変えると?改革すると?それはひどく、無責任じゃあないか?未来へと時計の針を進めることで、滅びる者は出る。老いて死ぬ者、病で死ぬ者、もしくは、不幸な事故で死ぬ者もいるだろう。死なぬこの国の環境に慣れている国民たちは、死への覚悟というものが生ぬるい。もしかしたら、時を進めることでさらなる混乱を招くことになるかもしれない。それでも、お前は、この時を進めるというのか?」
「例え未来を進めることに、多少の危険があろうとも、このまま退廃的に、無意味に、生き続けても希望なんて見いだせない。」
「たかだか希望のために、未知を選ぶと?とんだ愚か者だな。」
「愚か者はどちらだ!こちらは二対一。形勢不利なのはそちらだ。大人しく降伏したらどうだ?」
「愚か者はどちらだ。……雑魚が一匹二匹、増えたところで、大差はない。」

ノワールは、不気味に笑う。
白いマントを翻して、その剣を力強く握り締め、振り上げた。
ノワールの剣をとっさに避け、コハクは、腰から、ノワールのものよりも幾何か刀身の細い剣を取り出すと、彼に向って突進をする。
刃が彼の顔を掠める、その瞬間に、紫色の稲妻が、何処からともなくバチバチと弾けた。

「うわっ」
「コハク!」

弾ける電流に彼の身体がのけぞると、ノワールはその剣を横に振り切る。
切っ先がコハクの首を裂くその寸前に、アラジンは自身の剣でノワールのそれを受け止めた。
ギリギリと金属が軋む音がする。
彼の白いマントが、その体躯を覆い隠していたために気付かなかったが、このノワール=カンフリエという男は、魔術だけではなく剣術の腕も十分に長けている。
引き締められた、無駄のない筋肉を持つ腕。腰を低くし、床にぴったりとつけられたまま動く気配のない両足。
その身体は魔術師のそれではない。剣を武器に戦う、戦士の身体と言っても差し支えはないだろう。
これ以上の押し合いを無駄と悟った彼は、その剣を握っていた手首を少し捻らせると、アラジンの刃を滑らせた。
アラジンが身体のバランスをわずかに崩したその刹那、力いっぱい剣を振り上げて、空いた左手を組みながら、ブツブツと何かを唱える。

「シュヴィール・ハラヴ!」

彼が唱えた言葉とほぼ同時。眼前に広がったのは、幾つもの光の数々。
それはまるで空に散りばめられた星々のように明るく、美しく、何処かの本で読んだ『天の川』というものは、こういうものなのだろうかと、何処か他人事に考えている自分がいた。

「アラジン危ない!」

その時、聞こえて来た、コハクの声。
コハクの手が伸びているのを見て、反射的に自分も手を伸ばすと、アラジンの腕を力強くコハクが引っ張る。
身体が引っ張られ、そのままコハクの身体に体当たりするような形になると、二人の身体は赤い絨毯の上をごろごろと転がっていった。
バチバチバチという破裂音が聞こえたのは、それと同時だったであろう。
アラジンの眼前に広がっていた白い光の数々は、光と光がぶつかり合って爆発して、破裂して、まるで世界を破壊する、宙の大爆発のようで。
彼の魔術の威力を目の当たりにして、二人は、思わず呆然としてしまった。
そんな二人の様を見て、ノワールは、蔑むように鼻で笑う。冷たい、人を見下すような瞳。否、ような、ではない。見下しているのだ。こちらのことを、完全に。

「……貴様。コハク、といったか。」

ノワールに声をかけられ、コハクは顔を上げる。
目の前には、ノワールの剣が、銀色の切っ先が、突きつけられていた。

「何故、この男に従う。何故、皆、この男に付いて行く。貴様とて、この国の恩恵を受けた人間だろう。」

その瞳は、まるで氷だ。
見ているだけで、全身の体温が奪われる。足がガクガクと震える。このノワールという男は別格だ。魔術も体術も人並みではない。それ以上だ。
そんな男に、いくら二人がかりとはいえ、適うのだろうか。不安ばかりが押し寄せる。
けれど、不思議と、あの広場での大演説よりは、怖くもなんともなかった。

「……希望だからだ。」
「なんだと?」
「アラジンは、僕の、僕たちの希望なんだ。この国は確かに理想的かもしれない。飢えることも老いることもない不老不死の世界は、確かに楽園だろう。けれど、永遠と続く、終わりのない世界なんて、未来のない世界なんて、そんな世界で、希望なんて生み出せない。」
「未来ならば、希望は生まれると?」
「少なくとも、この世界よりはね。」
「その先に、希望があると、その確信は?」
「確信は、ない。けれど、彼が創り出す未来、その先に……希望があるって、信じているんだ。」

語るコハクの力強い瞳には、嘘も偽りも、何もなかった。

 


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