アルフライラ


Side白



「しかし、おかしな話だなぁ。」

シャマイムは、怪訝な瞳でアラジンを見つめる。
それは信じられないと言いたげであると同時に、感心しているようにも読み取れた。

「ノワールに逆らった者は、私刑に処される。何日も、何か月も、死なぬ身体で拷問にかけられる。いっそ殺してくれた方が楽なくらいに。心も身体も屈服させ、ノワールに逆らわぬと心と身体に刻み付けたうえで、記憶を奪う。記憶を奪わねば、ノワールの極悪非道っぷりが益々世間に知れ渡ってしまうからな。しかし、記憶を奪ったところで、心と身体に刻み付けたノワールへの忠誠心は拭えない。……アラジン、お前、よくまた同じことをしようと思えたな。」

冷たい瞳。言葉。
それと同時に、ぞくぞくと、背筋が凍り付くような感覚が走る。
それは、恐らく、消された記憶の中に在ったもの。
息苦しく感じられるのは、指先が、特に爪がやけに痛むのは。体中が、何かで殴られるような、ジンジンとした痛みが走るのは。
私刑に処され、痛めつけられた、“身体が覚えている痛み”が、湧き上がっている証なのだろう。
そして、身体は、アラジンに語り掛けるのだ。
これでいいのか、と。
彼に逆らって本当によいのか、と。

「アラジン。一度は友となった男だ。私とてもうお前を私刑に処したくはない。」

故に引き下がれ。シャマイムは、そう言いたげに、アラジンを見下ろす。
そんなシャマイムとアラジンを、ノワールは、冷たく冷え切ったアメジスト色の瞳で見据えていた。

「……それでも、俺は、」

逃げたくない。
そう呟いたと同時に、扉が、勢いよくこじ開けられた。


Part15 反逆の時:立ち上がる人々


「何だ?」

ノワールが呟く。
扉がこじ開けられ、そこには、アラジンがよく知る顔の人間が立っていた。

「アラジン!助けに来たよ!」
「コハク……!」

コハクだけではない。コクヨウも、オズも、そしてアリスも、アラジンを慕い付いて来た人々が、宮殿へと乗り込み、この扉をこじ開けたのだ。
扉の奥からは人々の騒ぐような、怒鳴るような声が響き渡っていて、この宮殿に乗り込んだのが、彼等だけではないということを物語っている。

「国民たちに、君の言葉が、僕たちの言葉が、届いたんだよ。アラジン。今、この宮殿に、多くの国民が乗り込んで来ている。この国を変えるために、革命を起こすために、未来へと進むために。みんなが、立ち上がったんだ。」

コハクの言葉に、ノワールは、驚いたように目を丸める。
まさか、国民全員が、反旗を翻すとは思っていなかったのだろう。
アラジンは瞳に再び、強い意志を持ってノワールを見据える。紫色の瞳と、翠色の瞳。まさに、正反対の色の瞳が、対峙した。

「ノワール。お前の負けだ。お前の掲げる理想郷は、否、暗黒郷は、今日で終わりを告げる。俺たちは、未来へと進むんだ。」
「……嘘だ。」

その時、ノワールが、ポツリと呟く。
先程の冷たい、意思を殺したような無機質な瞳とは異なる。その瞳を小さく丸めて、拳を力強く握り締めて、歯を食いしばって、溢れんばかりの感情を、必死に抑え込んでいるように見えた。

「この国が、暗黒郷だと?在ってはならないものだと言うのか?飢えることも朽ちることもない、永久の安寧が保障されるこの国を!守り続けて来たこの国を!否定するというのか!お前たちは!」
「嗚呼、そうだ。俺たちは、この国を否定する。飢えることも、朽ちることもないとしても、永遠に進まぬ国なんて、死んでいるのと同じなんだ!俺たちは生きている!生きて、生きて、進まなければならない!未来に進むためには!堕落のままに時を永らえるだけでは駄目なのだと、お前は何故わからない!」
「わからない。わかるものか!未来に進む。嗚呼、嗚呼、なんとも綺麗な言葉だ。見事な理想だ。お前のその理想こそが暗黒だと、何故気付かない!未来に進む?進めればいいな。では、その未来が破滅しかないのだとすれば?破滅しかない未来に進むことこそ、死ぬのと同義だ!何も知らぬ愚かな男よ!お前の傲慢さが、この国を殺めると、何故わからぬ!」
「傲慢なのは貴様だ、ノワール=カンフリエ!国は、俺たち国民が創っていく!お前が!お前だけが!決めるものではない!国を殺しているのはお前の方だ!」

アラジンの声に呼応するように、わあ、と国民が声をあげる。
その、国民たちの姿を見て、アラジンは胸が高鳴るのを感じた。
国民たちの瞳は光で溢れている。希望を宿し、失っていた夢に思いをはせて、その夢に向けて、熱意を持って声をあげる。
この国を変えたい。
よりよい未来を築きたい。
その先に、希望が確かに在るはずなのだから。
ひゅん、と風を切る音にアラジンは振り向く。視界の先には黒く長い、筒状の塊。その筒にアラジンは見覚えがあった。
片手で受け取ると、その腕に、ズシリと確かな重みを感じる。
筒状のそれを、鞘を抜けば、白い剣身が姿を現した。

「俺たちはこの国を変える。変えてみせる。変わらなければ駄目なんだ。未来を手に入れるために、未来に進むために。」

アラジンは床を踏みしめ、身体を前のめりにさせながら駆けていく。
手に持つ白い剣を、悪の統括者の血で朱に染めんと振り切れば、逆に、この悪の統括者の血で染めさせてなるものかと思う男の剣に阻まれた。
金属と金属がぶつかり合う鈍い音。
剣の持ち主は、透き通るような青い髪を揺らしながら、その瞳に憎悪という熱を燃やし、アラジンのことを睨み上げた。

「アラジンッ……貴様……」
「シャマイム。かつての俺の親友。俺はお前を許せない。だから、俺のすることを許せとは言わない。けれど、そこを退け。」
「退け、だと?退くものか。退いてたまるか。この国は、この人は、私の理想だ。私の全てだ。私を救った男を守りたいと、そう思って何が悪い。」

シャマイムが剣を振ると、その剣圧でアラジンは身体のバランスを崩す。
ふわりと身体が浮かび上がったアラジンに向かって来たのは、シャマイムの白い剣先ではなく、茶色く太い、木の幹であった。

「あ、」
「アラジン!」

コハクが目を丸める。アリスが叫ぶ。
アラジンのはらわたを、ぐるぐると絡み合った木の幹の怪物が喰らわんとしたその時、バチンと、アラジンと怪物の目の前で鈍く光が弾けた。
弾けた光に飛ばされるように、アラジンの身体は床に叩きつけられる。
大理石で出来た無機質な床に叩きつけられたせいだろうか。背中がジンジンと響くように痛むのを感じながら、アラジンはゆっくりと身を起こす。
木の幹は、ばちばちと弾け、燃える、緋色の焔に包まれていた。

「アラジン。大丈夫?」
「……オズ……」

その焔は、オズが魔術で放ったものであった。杖に施された宝石が淡く優しい光を放っているのが、その証だろう。
いつもと同じ、涼しい顔で笑うオズの顔が、そこにあった。

「君は本当に危なっかしいし、予測がつかない。君の、そんなところが気に入っているんだけどね。」
「オズ、今はそんなこと言ってる場合じゃ……」
「わかっているよ。ほら、次が来る。」

めらめらと燃える焔を振り切り、再び木の幹はこちらに襲い掛かる。
ぐるぐると一つにまとめられていた幹の一つ一つがゆっくりと解かれ、それは、まるでヤマタノオロチのように頭を複数に分けて迫って来た。
アラジンは剣でその首を切り落とし、オズは杖を光らせて幹を燃やす。
襲い掛かる木の怪物。その後ろには、一人の幼い少年が立っていた。白い髪に、緑の瞳。その顔は、何処か、共に戦うオズのそれと重なった。

「邪魔をするな!テフィラ=エメット!」

オズが叫び、杖を振るう。
焔は怪物の全身を覆い、叫びともとれぬ叫びをあげながら、その木はぼろぼろと崩れ落ちた。
そして、その木の怪物の残骸が崩れ落ちたことで、テフィラ=エメットが、アラジンたちの前に姿を現す。

「テフィラ……エメット……」

アラジンがぽそりと呟く。
テフィラ=エメット。アルフライラが不老不死の国となる前から、その身の時を止めた男。アルフライラの謎を解き明かす鍵。

「……オズ。僕の弟。出来ることなら、僕は、君と戦うことなんて、したくなかった。」

そして、オズの、兄。
気付けばそこにいるのはテフィラだけで。
シャマイムの姿も、ノワールの姿も、そして、あの、中心に佇んでいた振り子時計も、姿を消していたのだった。

 


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