アルフライラ


Side白



「……誰だ?」

アラジンは、突然目の前に現れた男に対し、怪訝な瞳で問いかける。
警戒心を拭えぬその様子に、男は、驚かせてすまない、と小さく謝罪をした。
確かにアラジンは、この男を警戒していた。しかし、それと同時に、魅入ってもいたのだ。
彼の髪が、瞳が、今では失われてしまった青空を連想させる色をしていて、久方振りに見るその色は、とても美しく思えるもので。
思わず見とれてしまったのは、その青が、何よりも恋しかったからだろう。

「私はシャマイム。シャマイム=テヴァだ。宜しく。」

そう言って、シャマイムは、透き通るような白く細い手を差し出した。


Part13 開かれる過去:アラジンとシャマイム W


シャマイムは、アラジンより幾つか年下の青年で、特定の仕事を持つでもなく、ふらふらと周囲を散歩するだけの日々を送っているのだそうだ。
仕事をしようにも、この国では働く必要なんて全くと言って良い程ない。
何をせずとも食べ物も衣類も住居も金銭も保障されているこの国では、寧ろ労働は義務ではなく、読書や音楽鑑賞と同じく、趣味に部類される程だ。

「へぇ。アラジンは商人なのかい。このご時世で商人なんて、酔狂な人間だね。君は。」

そう言って、シャマイムはけたけたと無邪気に笑う。
そう。
シャマイムを含む商人たちは、この国では特に、職業を持つ人間の中でも特殊とされる人間だ。
物に困らぬこの時代で、好き好んで物を売る人間というのは、それだけ珍しい。
故に、シャマイムがこうして笑っているのは当然と言えば当然で、否定することが出来ないからこそ、アラジンは、眉間にしわを寄せてシャマイムを見つめるしか、抵抗する方法がなかった。

「すまないすまない。怒らせてしまったかな?」
「否、己が酔狂な事をしているという自覚はある。それに、もっと酔狂なことをしようとしている自覚も、ある。だから、笑われるのは今更なことだ。」
「へぇ。もっと酔狂なこと、ねぇ。もしよかったら、俺にも教えてくれないかな?」

これが一つの分岐点。
もし此処でアラジンが口を開かなければ、革命の時はあと一歩、早まったかもしれない。
否、もしかしたら、革命の時が早まることによって、それは、無知な青年の夢物語として、早々に終止符が打たれてしまっていたかもしれない。
兎にも角にも、此処が、きっとアラジンにとって、一つの分岐点だったのだ。
普段、厳格で慎重な性格のアラジンは、人に不用意に話すということはしない。
けれど、此処で、この選択を取ってしまったのは、珍しく酒を煽っていたということと、彼の、透き通るような青い瞳が、恋しい青空の色が、胸の中でくすぶる想いに火を灯したせいだろう。

「……俺は、この国を変えたいと思っている。」

カラン、と、氷と氷がぶつかる涼やかな音が響く。
ひと時の静寂。
シャマイムは少し呆けたような、呆然とした顔で、アラジンのことを見つめていた。

「お前だって、先の話、聞いていたのだろう?」

先程話していたこと。
それは、ノワールの創りあげたこの不老不死の国についてのことだ。
恵まれている。恵まれ過ぎている程に恵まれていて、苦しむことのない、永遠の楽園。
しかし、それは果たして、本当に楽園なのだろうか。
ただただ、堕落しきっただけの国となってしまっているのではないだろうか。
吐露した想いに、迷いはない。
だからこそ、アラジンは、その結論に至った。
国を変えたい。
それはあまりにも無謀なものであり、あまりにも純粋なものであり、あまりにも、真っ直ぐなもので。

「国を変える……それは、正気か?」
「正気だとも。」
「なぁ、アラジン。この国に、なにか、不満でも?」
「……シャマイム。このアルフライラという国が生まれたそもそもの理由というのは、覚えているかな?」
「え?あ、嗚呼、大災害で滅んだ国と人類の再興、だろ?」
「そうだ。けれど、この国は再興なんてすることなく、停滞したまま。そうだろう?」

アラジンは真っ直ぐ、シャマイムの青い瞳を見つめる。
シャマイムは少し、その青い瞳をゆらゆらと動かした後、静かに目を閉じる。
それが、シャマイムの、アラジンの問いかけに対する答えのように思えた。

「確かにこの国は豊かだ。けれど、豊かなままでは駄目なんだ。新たな命が芽吹き、前に進むことがなければ、この国は堕落のまま、いつかきっと、衰退する。立ち止まることが大事なことだってあるだろう。だけど、立ち止まったままでも、きっと、駄目なんだ。」

アラジンは力強く、手に持つカップを握り締める。
木で出来たそれだ。あまり力を入れ過ぎても、きっと壊してしまうだろう。
けれど、それ程までに、アラジンの胸には、ぐるぐると、溜まり続けている想いがあった。

「俺はもう一度、空が見たい。」

鳥が羽ばたく大空を。
燃えるような夕焼けを。
美しい星が散りばめられた夜空を。
この目でもう一度、眺めたい。
そのためには、この国が今のままでは駄目なのだ。

「……でも、国を変えるというのは、生半可なことではないよ。少なくとも、一人では出来ないだろうね。」

シャマイムはそう言って、アラジンの翠色の瞳を見つめながら、微笑んだ。

「組織が必要だ。君と同じ志を持つ人間を集めよう。きっと、君の他にも、同じ想いをしている人間が、少なからずいるはずだ。私も手助けをする。革命を起こす為の人々を集い、そして、この国を変えるんだ。」
「……シャマイム……」
「空が見たい。それには私も同意見だよ。アラジン。」

そう言ってシャマイムは、また、笑う。
この時は、心強い味方が出来たものだと。本当に、そう、思っていた。

 


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