アルフライラ


Side白



確かにこの国は、理想的だ。
困ることはない生活。苦しむことのない生活。死ぬことのない生活。
きっと、それは人間にとって理想的で、素晴らしい世界なのだろう。
それでも、自分がこの世界に異を唱える理由は、アラジンよりもずっと単純なのだ。

(早く、大人になりたい。)

時永有栖、皆からアリスと呼ばれる少女は、外見としてはとても幼い姿をしていた。
最年少であるその姿から、組織の中ではかなり可愛がってもらっている。
子を産みたくとも、子を産めない境遇にあるコハクとコクヨウの夫婦は、まるで自分のことを本当の娘のように思ってくれいて、それはとても有難いことだし、嬉しいことだ。
不満は何もない。
でも。
それでも。

(私は、早く、大人になって…)

目の前で、真剣な顔をして国の今後を考える青年の姿が目に映る。
真っ直ぐ見据える翠色の瞳は宝石のように眩しくて、輝いていて、その輝きに、惹かれていた。

(あなたの隣に立てる女に、なりたいです。)


Part4 成長を望む少女:アリス


「ねぇ、コクヨウ。」
「何だい?」

現在、アラジン、オズ、コハクの男性三人は今後の活動方針について話し合っていた。
最初はコクヨウやアリスも参加していたが、話し合いが思いのほか進まない為、三人にお茶を淹れることにしたのだ。
コクヨウが元々住んでいたという国の風習に倣って、お茶を作っている。
茶壺に乾燥した茶葉が入っていて、その中から溢れるくらい湯を満たしてから蓋をした。
よく見れば小さな茶を入れるためのものと思われる容器が二つあり、片方は細長く、片方は小ぶりのものだ。

「この茶碗、二つあるけど…どう、使うの?」
「ああ、これかい?これはね、まず細長い方なんだけど、これはお茶を入れてから、香りを楽しむのに使うんだ。」
「かお、り?」
「そう。結構良い香りがするからね。それで、香りを楽しんだら、こっちの小ぶりの茶杯に入れて、飲むんだ。」
「…直接、入れちゃえばいいのに…」
「はは、でも、香りを楽しむのも、茶を楽しむことのうちの一つだし、悪いものではないよ。まぁ、二杯目以降は直接注いじゃってもいいと思うけどね。」

コクヨウはそう言って笑いながら、茶壺から細長い容器へ茶を注いでいく。
薄茶色の茶が注がれ、その茶器をアリスへ手渡した。
茶の良い香りが、鼻を擽る。

「……いい香り。」
「だろう?後は、こっちの小さい茶器へ入れ替えて、ほら、召し上がれ?」

細長い茶器に被せるように小ぶりのそれを乗せると、コクヨウは茶器をくるっとひっくり返した。
茶器から茶は零れ落ちることなく、茶は小ぶりのものの中へと移される。
小ぶりなように見えるが、容積は細長いものと同じということがこれでよくわかった。
アリスは一口、茶を口に運ぶ。
暖かい、そしてほんのりと甘い味が、口の中へと広がった。

「おいし、い。」
「そう、よかった。じゃぁ、これをみんなのところに運ぼうか。」
「…うん。…あ、ねぇ、コクヨウ。」
「ん?なんだい?」

コクヨウは不思議そうに首を傾げながらこちらを見つめる。
少し男勝りな話し方。つり目がちの黒い瞳。艶やかな黒髪。男らしい性格の中にある女性らしさ。母のような穏やかな微笑みも、知っている。

「コクヨウは、コハクのこと、好き?」
「は、はぁ?!」

コクヨウは白い肌をみるみる赤く染めていく。
この手の話は苦手なようで、何時も飄々としている彼女は、コハクの話題になると表情がころころと変わっていくのだ。
そんなコクヨウは、彼女自身が想っているよりもずっと女の子らしいし、とても可愛らしい。

「な、何でいきなりそんな事を聞くんだい…?」
「だって、夫婦、なんでしょ?」
「ま、まぁ…確かに、私と彼は夫婦だが…」
「結婚って、好きな人と、するんでしょ?結婚って、どんな感じ?夫婦って、どんな感じ?」
「…君は今日は、やけに饒舌だな。」

赤らめた頬を手で覆いながら彼女は隠す。隠す必要はないのに、と思いながらその潤んだ黒い瞳を眺めていると、コクヨウはまるで誤魔化すかのようにアリスの栗色の髪を撫でる。
その手はいつもより、心なしか熱い。
羞恥の熱は手にまで到達しているらしかった。

「…そう、だな。うん。…好き、だな。アイツは、ちょっと抜けているところがあるが、それでも、一緒にいて暖かくなるんだ。安心する、と言えばいいのだろうか。美味そうに食べ物を食べる顔も、優しくはにかむその顔も、全部好きだ。愛している。ともに添い遂げたい…そう思ったから、契りを交わしたのだろうな。」
「そういう、もの?」
「嗚呼、そういうものだよ。何処かの国で、結婚は人生の墓場という言葉があるみたいだが…まぁ、中にはそうなってしまう者もいるだろう。所詮は他人と他人だ。価値観の違いはある。しかし、そう悪いものではないと思う。」

そう言って笑ったコクヨウの顔は、ふにゃりと柔らかいものだった。
きっと、この柔らかい笑みは、コハクが彼女に与えたものなのだろうということがよくわかる。だって、彼女のその笑みは、コハクの笑みにとてもよく似ていたから。
好きな人と寄り添って、一緒に生きていくというのは、とても暖かくて幸せで優しいものなのだろうと、二人を見ていると、思う。

「しかしさっきからどうしたんだアリス。…もしかして、アリスもしたいのか?結婚。」

コクヨウの言葉に、思わず顔が熱くなる。きっと彼女も先程、アリスから質問を受けた時はこんな気持ちだったのかもしれない。
少し恥ずかしくて、でも、そうなったらいいなって、思ってしまう。
そうなりたい。そんな未来に、憧れる。

「でも。」

そう思って、少し、浮かれる思考を停止する。

「私、は、こんな子供の身体だし…結婚処か、恋愛対象にも、入れてもらえるか、どうか。」
「でも、好きな人はいるんだ?」
「……むぅ。」

アリスは唇を尖らせ、唸るようにして俯く。
きっとコクヨウには、アリスが誰を好きなのか、誰と結ばれることに憧れているのか、きっと気付いているのだろう。
優しい笑みを浮かべながら、アリスの髪を、頬を、優しく撫でるその姿は母のようだった。

「…コクヨウ。私、早く、大人になりたい。」

大人になることが全てではないことも、わかっている。
外見が全てではないことも、わかっている。
この国では実際年齢は皆何百年と経っているのだから、外見年齢なんて、関係ない。
それでもやはり拘ってしまうのだ。
そして、それはやはりコクヨウも同じらしい。

「そう、だな。気持ちはわかるよ。…私も、お前と同じように、想いがあるから、だから、こうして此処に居る訳だしな。…さて、そろそろお茶を奴等に届けようか。」
「うん。そうだね。」

そう言って、お茶を持っていくと、三人とも丁度茶が欲しかった、と嬉しそうに笑っていた。
早く大人になりたい。
でも、それ以上に、みんなでこうしてお茶を飲む幸せが、続いたらいいのにと思ってしまう自分もいた。

(これじゃあ、ノワールと変わらないよね、私も。)

もっと前に進まないと、と自分に言い聞かせるように、アリスはお茶をごくりと飲んだ。

 


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