アルフライラ


Side白



世の中は多数決だ。
十人いる人間のうち、九人が賛成すれば、それは自然と賛成されることになる。
では、残りの一人はどうなるのだろうか。
ただの少数派ということで切り捨てられてしまうだけだ。
少数派の意見も尊重する、と言われることもあるが結局それが反映された試しは無に近い。
そして、その少数派も最終的には大多数の人間の中に紛れ込んでしまう。
自分が他の人間と異なるということに恐怖を抱き、そして強制的に排除されるのを恐れるからだ。

「俺は、絶対に許さない。」

例え、国民の殆どが、此処を理想郷だと、彼を英雄だと称えても。

「こんな世界は……暗黒郷だ…」

国民は皆、あの男に騙されている。
青年は歯を食いしばりながら、目の前にそびえ立つ巨大な壁を見つめていた。


Part2 暗黒郷論者:アラジン


ブラン=アラジニアは街の最も奥である壁際まで来ていた。
レンガ造りの巨大な壁に、そっと触れるとレンガにこびり付いた砂が指に纏わりついて、不快なざらつきを感じる。
この壁は、この街の時が止まってからずっと崩れる気配がない。
時が流れないということ程、残酷なものはないと、心から思う。
ある者は嘆く。もう何年も、自分はこの置いた身体で過ごし続けていると。後何年、この不便な身体で生き続けなければならないのだと。これであれば、死んだ方がいっそ楽なのではないかと。
ある者は叫ぶ。もう何年も、我が子は成長する事がないと。赤子のまま、何年も、何十年も、泣き続けていると。我が子の成長が見れるのであれば、こんな鳴き声の一つや二つ、束の間の苦労に過ぎない。しかし、子が成長しないのであれば、これはただの拷問でしかないと。
ある者は泣く。愛しい人と添い遂げても、子を成すことが叶わないと。子を産むことだけが全てではないが、それでも、愛しい人との子を産み、この腕で抱きたいのに、それが叶わないと。
こんな嘆きはほんの一部でしかない。
しかし彼は、ずっとこの嘆きを、聞き続けて来た。
そして、表面上だけでは気付くことの出来ない、少数の、しかし決して少なくない数の人々の怒り、悲しみ、絶望が渦巻く光景を、目に焼き付けて来た。

「やぁ、こんな所に居たのか、アラジン。」
「……オズ、か。」

白い髪に白い肌。そして白い導服。大きな杖を持った青年が、ゆらりゆらりと身体を揺らしながらこちらへと近寄って来る。
ブラン=アラジニア…アラジンは、考えが読み取れない薄い笑みを浮かべた青年をじっと見つめた。

「そんなに見つめないでよアラジン。照れちゃうから。」
「照れるな鬱陶しい。それに、そんな事も思っていない癖に。」
「えぇ、そんな事ないよ。これでもボクは、君のコト、結構気に入ってるんだから。」

オズは薄い笑みを仮面のように張り付けたまま、こちらを見つめて視線を離さない。
アラジンは手に付着した土埃を払いながら、オズの横を通り過ぎる。そんなアラジンの様子を気にすることなく、オズはアラジンの後ろを歩いていく。
壁に背を向けて歩く形になれば、自然と身体は街の中心へと向かっていくことになる。先程まで静寂だった空間に、少しずつ賑わいが生まれ出した。
市場が見え、装飾品や食べ物を売っている出店がちらほら目立つ。
装飾品を着飾ることも。衣服を身に纏うことも。飲食を嗜むことも。この世界では等しく娯楽にしかならない。
金持ちであろうが貧乏人であろうが、この世界では等しく平等に生きることが出来る。生き続けることが出来る。
この世界では飢えに苦しむことはない。故に醜く争う必要はない。
しかし、そのような平穏が、本当に、平和だと、理想だと、言えるのだろうか。
アルフライラが今の形になってから、アラジンはその事をずっと、考え続けていた。
それでも最初は、此処は理想郷だと、素晴らしいと述べる者ばかりであった為、自分の考え過ぎなのではないかと、思考を止めてしまった。
だがそれがいけなかった。
時が経てば経つ程、この世界で生きるが故に、苦しみ出す者が現れ始めた。

「そういえばさ、アラジン。聞いた?この前また一人、ノワールに私刑にされたってさ。」
「この国の者は皆、不老不死だ。どんなに嬲ったところで死ぬことはない。だからこそ、自分に歯向かう者へはありとあらゆる方法を使って苦しみを与える。悪趣味極まりない。」

この世界で平和に過ごす為には、この世界の統括者、ノワール=カンフリエに逆らってはならない。
彼に逆らおうものなら、直ぐにでも私刑にされてしまう。
しかし、死刑ではない。あくまで、私刑なのだ。
嬲るだけ嬲り、自分に服従しなければどうなるのか、身体で思い知らせる。
そして無力感を煽り、この世界で生きるには、自分の命令を大人しく聞いているしかないのだと、そう叩き込むのだ。
逆らわなければ、安全で安定した平和が保障される。
しかしこんな平和は偽りでしかないし、独裁でしかない。

「ま、でもアイツもバカだけどねぇ。あまりにも無計画過ぎるでしょ。あ、おにーさん、それ一つ頂戴よ。」
「はいはーい。」

オズはアラジンに言葉に何回か頷きながら、出店の果物屋で一つ、果実を買う。
この都市に満ち溢れている魔力によって育てられた瑞々しい果実を、オズは一口、口へと運ぶ。
赤く熟れたそれを、シャリシャリと音を立てて噛み砕けば、口いっぱいに甘酸っぱい果汁の味が広がっていく。

「んー。でも、彼もそうだけど、ノワールに歯向かってもメリットってあんまないよね。食べれなくても死ぬことはないしさ。だからといって、食べたくても食べられない訳じゃない。最低限の金品も、衣類も、飲食も保障されてる。此処は理想だって思う人だって多い。」
「しかし、こんな世界はただの堕落の象徴でしかない。」

賑わう市場を通り過ぎて、建物と建物の間にある細い裏道へと踏み込む。
黒い影は二人を覆い隠すように広がっていて、奥へ奥へと足を進めれば再び市場の賑わいは耳から遠ざかっていく。

「君はホント、少数派だよね。アラジン。」
「しかし、あくまで少数派というだけであり、私だけしかいないという訳ではない。」

ぴたりとアラジンは、歩くのを止める。
そしてそんな彼に倣うかのように、オズも歩くのを止めた。手に残っている赤い果実を、最後に大きく口を開けて全てを胃の中へと運んでいく。
アラジンの目の前には、古びた木で出来た扉。
忘れ去られたような古い扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと捻る。
ギィ、と古びた音がしたが、ゆっくりと扉は開いていった。

「それに、お前だってそんな少数派の一人だろう。」

アラジンは、開いた扉の奥へと迷わず歩いていく。まるで何回もこの扉を潜っているように。

「ハハ。ボクは単純に、君が好きだから、君についているだけだよ。」
「せめて少数派の一人と言ってくれた方がまだ有難かった。」

否、まるでではなく、実際に彼は、何度もこの扉を潜っていた。

「…待たせた。今日の会合を始めよう。」

薄暗い扉の向こう。その中心にある古びたテーブルを囲むように、複数の人間が集っている。
アラジンはいつものように集った面々を見つめながら、静かに、優しく微笑んだ。

 


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