賭博四天王編


第2章 赤い被検体



この地はいつも、雨が降っている。
ぽつぽつぽつぽつと、肌を水が濡らして、体温を奪っていく。
しかし既に体温が奪われ切ったこの肌は、今更雨水の冷たさを受けても、何も感じなくなっていた。
幸いなのは、この地が温暖な地だということ。
もしも寒い地域で、この天気が続いていれば、今頃は死んでいただろう。
しかし、少年は知っている。この程度のことで、自分は死ぬことは出来ないと。
瞳から溢れる水は、雨水と混ざり合って頬を伝い落ちる。
帰る場所もわからない。帰る方法もわからない。帰っても、迎えてくれる人は、いない。
これからどうすればいいのだろう。どう生きていけばいいのだろう。
心の中が徐々に不安と絶望に侵される。
とにかく歩こう。
右足を持ち上げて、足を前へと踏み込む。
びちゃりと、滑り気のある水溜まりに素足が沈んだ。
白い肌は、泥の茶色と、血の朱が混ざり合い、汚れていた。


第14賭 暴走した被検体


「そもそもさぁ、壊覇たちって、どうやって外に出たの?」

今日も天気は雨。
雨風凌げる家屋の中で、四人は簡素なパンを貪っていた。
相変わらず人の財布を盗んだり、食べ物を盗んだりという決して許されざる行為を行いながら、四人は食べ物を獲得し、生き延びていた。
人数が増えればそれなりに連携することが出来、悲しいかな、悪巧みの幅が広がった。
こんなことはしてはいけないのだと頭では理解していても、飢えに身体は苦しいまでに反応する。
飢えに耐えられなくなった身体は、餌を求めて、手段を択ばない獣と化した。
少なくとも、人を殺したり、傷付ける機会がないだけ、まだマシなように思える。
パンをむしゃりむしゃりと食べながら、唐突な鋼屡の質問に、壊覇は首を傾げた。

「ほぇ?はんへ?」

恐らく、え、何で?と言っているのだろう。
いくら腹が減っているといっても、食べながら喋るのは行儀が悪いから止めていただきたい。
しかし、そんな壊覇の様子など慣れた様子で、隣の矩鬼が鋼屡の言葉の続きを話す。

「いや、純粋に気になっただけだよ。僕らはある騒動に便乗しただけだからね、壊覇たちはどうだったのかな…って。」
「俺たちは、壊覇の能力を使って地面を砂にして、掘り起こして脱出したんだ。結構大変だったけど、まぁ、それしか手段なかったし。…ところで、ある騒動、って?」

未だにむしゃむしゃとパンを貪っている壊覇を後目に、不火架が当時の状況を二人に伝える。
大変だった、とはいっても、実際に大変だったのはその能力をフル活用していた壊覇であって、ただ後ろを付いていった自分には何の苦労もなかった訳だが。
しかし、不火架が気になったのは、矩鬼の言っていたある騒動というものだ。
確か、自分たちがあの施設を抜け出した後、新聞にも書いてあったし、大人たちも、何かを言っていたような気がする。
しかし、あれから色々あり過ぎて、少しずつ記憶がうろ覚えになっていた。

「僕たちはさ、急に施設が爆発して、崩壊が始まったから、隙を見て逃げ出したんだよ。」
「なんで急にああなったのかは、あまり覚えてないんだけど…確か、被検体の一人が暴走したから、だった…ような気がする。」

二人も、逃げるのに夢中だったからか、あまり当時のことは覚えていないらしい。
自分たちから話を振っておいて申し訳ない、と言いたげな目だった。

「壊覇たちに心辺りがあればさ、もしかしたらその暴走しちゃった被検体も、今頃生きてるかもしれないし、もし、一人で彷徨ってるんだとしたら、さ。」
「僕と鋼屡は、二人だったから耐えられた。壊覇や不火架も、二人だったから、なんとか立っていられた。でも、一人だったら、きっと、現実に、耐えられない。」
「少し、見えた記憶では、僕たちより、小さかった気がする。僕たちより小さい子が、親もいなくて、一人だったら、きっと、辛い。」

二人の顔は徐々に俯きがちになる。
パンを持っている手は震え、今にも泣きそうなのを堪えているようにも見えた。
自分よりも小さな子供が、もしも自分たちと同じように両親を殺され、あのような場所に連れられ、過酷な実験を受けて、そして、暴走の末一人生き残り、彷徨っているのだとしたら。
それはきっと、何よりも耐え難い絶望だろう。
壊覇と不火架は、二人だった。
鋼屡と矩鬼も、二人だった。
では、その子供は。
もしも、一人で彷徨っているのだとしたら。もし一人で、生きざるを得ない状況に追いやられているのだとしたら。
鋼屡と矩鬼が、何が言いたいのか。
それを理解するかのように、想いを受け止めるように、壊覇はパンを飲み込んだ。

「つまり、だ。そのガキを見つけて、うちの連れ込めば良い訳だ。」

壊覇は、にやりと口元に笑みを浮かべる。
どうやらその想いは、鋼屡や矩鬼にとっても同じだったらしい。二人は元気良く、頷く。

「また、増えるのかね。ま、此処もまだ広いし、問題なさそうだけど。」

不火架はそう言って、笑う。
彼も同意だということだろう。

「ま、まずは何処にいるのかを確認しないとだろうけどなぁ。少なくとも、この弥瀬地にいるのは確実だろうけど。」
「まぁ、そもそもあの騒動の後で、生きてるのかどうか。暴走した末に力尽きてる可能性だって、ない訳でもないし。」
「…厭な想像させるなよ。」

四人は、まずは情報を集めようということで意見を一致させた。
そもそも生きているのか、生きているなら、何かしらの痕跡を残しているはずだと。
かつて施設のあった跡地に行ってみるという案も出たが、どうしても、そこに行ける気分にだけはなれなかった。
いくら確実性があったとはいえ、そこに行くということは、当時の全てを思い出すことになってしまう。
少なからずトラウマを抱えている四人にとって、施設跡地に行くことは耐え難いことだった。
そもそも四人共、年齢はまだ一桁の子供なのだ。そう簡単に心の整理をつけられたり、効率重視の考え方は出来ない。
ただひたすら、街の中を歩くしかなかった。
街の中の、とある店の前。
着飾った中年の女性たちが集まって、何やら話をしていた。

「ねぇ、聞いた?この前、弥瀬地の施設が壊滅したって。」
「最近物騒よねぇ、孤児も増えたような気がするし。」
「怖いわぁ。うちの子は近づけないようにしないと。そうそう、最近、奇妙な子供がいるっていう噂よ。」
「あら、どんな子?みんなで警戒するように気を付けないと。」
「何かね、死んだような目をしてふらふらと徘徊してる子がいるんですって。真っ赤な髪が血みたいで、恐ろしい子だったみたいよ。」
「嫌だわ怖い。何処で見かけたの?そんな不気味な子供。」
「何処だったかしら。でも、この辺りの…もう少し、東の方で見かけたって話みたいよ。私も直接聞いた訳じゃないから、詳しくはわからないわ。」

他愛もない、女性同士の井戸端会議。
しかし、彼らにとっては、それが重要な情報源だった。

(見つけた………!!)

その噂の子供こそが、きっと、自分たちが探しているその子だと思われたから。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -