空高編


第3章 神子と双子と襲撃



「貴方たち、つい最近退院したばかりじゃありませんでした?」

瑠淫は、ぴくぴくと眉を動かしながら、ベッドで寝転がる五人を睨んだ。
その額には血管が浮かび上がっているように見えて、怒っているということは明白だった。
翼は困ったように笑い、雷希は少し不服そうに視線を下にし、死燐はそれをものともせず船を漕ぎ、羅繻は邪険そうに視線を壁へと向けている。
青烏も、どうすればいいのかわからないと言いたげに、縋るように翼を見ていた。

「仕方ないことだとは理解していますよ。けれど、心配するこちらの身にもなってくださいよ。」

それと、と瑠淫の隣に立っていた終義が言葉を付け加えて病室内にある椅子に腰かける無焚を睨んだ。
無焚はゆらゆらと視線を終義から逸らすが、それを逃さないように無焚の両肩を彼は掴む。

「貴方も、圧倒的な回復力があるのは良いですが、だからと言って無茶をしないでくれますか?!冷や冷やさせないでくださいよ!」
「む、すまん。」

無焚が詫びると、終義はゆっくりと壁にもたれかかる。
眉間を軽くマッサージをしながら、大きく溜息をついた。

「翼さんの胸の傷は、他の方々よりも深かったので痕として残ってはしまいますが…」

瑠淫はカルテを見ながら、申し訳なさげに呟く。
翼は胸の包帯を撫でながら、ぎこちなく微笑んだ。
痕になるとわかっていた、というのは言っても戸惑わせるだけなのだろうと思い口を噤む。
その時、どたどたどたと慌ただしい足音が聞こえたと同時に、病室に諷炬と燭嵐が入り込んで来た。
風のように、嵐のように現れたその姿に、一同は驚きを隠せない。
敵陣かと思い、傷が少なかった為、護衛役を買って出たアエルが刀を抜きかけていたところだった。

「瑠淫さん!た、大変だ!」
「大変ですよ!そ、そこの!そこの病室の!テレビ!!つけてくださいやがれです!」

燭嵐はともかく、いつも輝いている諷炬からは珍しく輝きを感じられず、それ処か、何処か戸惑っているようにも見える。
促されるように、瑠淫はその病室のテレビを付けた。


第55晶 穹集の宣言


「何だかとても戻りにくいよ…よりにもよって、空高一族頭首代理を縛り上げての帰還なんて、さ。」

憂鬱そうに、修院は溜息を吐いて呟く。
特殊部隊の四人は、捕えられた羽切を連れて空然地へと戻っていた。
本来であれば彼を連れて戻るのはリスクでしかないのだが、空高一族の頭首及びその妻の殺害。その子息である翼、青烏兄弟の隔離、幽閉。更に卯雲、卯時、荒雲の私的理由による殲滅。これらの罪を抱えた彼は遅かれ早かれ罪に罰しなければならなかった。

「まぁ確かに、私たちだけで戻るのは…ちょっと気が引けますよねぇ。なんせ、我々は政府の駒です。駒が、操り人である羽切様を縄で縛って戻るなんて、洒落にもなりません。」
「…翼の回復を待って、翼と来たら、信憑性は上がったかもしれない。ですけど。ね。」

自虐気味に語る無色の隣で、不思議そうに閃叉は問いかける。
閃叉の言うように、翼の回復を待ってからでも良いのではないかという選択もあったが、傷跡が残る位の負傷をした翼がすぐに表舞台へ戻るというのは難しい。
それに、今は特殊部隊全員に空高翼への殺害命令が下りている。
まずは羽切を罰して、特殊部隊の機能を隊長である無色の号令で停止させることを優先した。

「私たちには、もう空高翼を殺す理由はありません。我々を指揮する政府の頂点は、本来は彼なのですから。」

羽切の私的な空高一族統治が判明した今、もう特殊部隊には、空高翼を殺害する理由はない。
そもそも頭首は空高翼だ。
彼の頭首代理としての機能が果たされていないのであれば、政府が従うべきは、その頭首である翼なのだ。
よって、空高翼を殺害する理由は、ない。
そして、翼はこのような凄惨な状況を望んではいない。
まずは羽切を、ルールに則って罰する。そして、空高を、最終的には政府全体の機能を、イチから変えるべきなのでは、というのが翼の想いだった。

「トップの情勢がこの様ですからね、政府もたかが知れている…というのが空高翼の感想みたいですけれど、まぁ、それについては、甚だ同意です。」

先を越されてしまいましたね、無色はそう言って、肩をすくめて笑う。
政府に対する不信感は、無色たち特殊部隊にも、とっくのとうにあった。
そして、呆れ果てていたし、失望をしていた。
彼等に従っていても、この世界が良くなることはないだろうという確信も、あった。
どうせ変わらないのであれば、こんな政府は、一度、壊してしまえばいいのではないか、戦うことでしか自身の存在を証明出来なかった彼等が至った結論は、それだった。
もしも翼がこれを言い出していなかったら、自分たちは数日後に政府の人間を皆殺しにしていただろう。
元々あらゆる人々を殺して来た罪人だ。
今更政府の人間を殺さずに済むかもしれないというだけで、罪が軽くなるという訳でもない。
けれど、しなくてもいいのであれば、しないにこしたことはない。
そのような気持ちで歩いていると、ある異変に気付いた。
空然地の中心へと歩いていくに従って感じる、人の気配やざわめきというものが…今日、全く感じられなかった。

「…静かですね。」

否、寧ろ、静か過ぎる位だろうか。
中心にある政府の建造物である穹宮(きゅうぐう)には、多くの一族頭首や代表が集まる。本来であればその多くの人々が集まっているという特有の賑やかさがあって然るべきだが、それが感じられない。
一体どういうことなのだろうかと、息を飲む。

「…人の気配が、全く感じられません。いくら黙っていても、人間の思考や気配というものは感じられますが、それがないです。」

鴈寿の言葉が、この地に異変が起きたということを証明していた。
ひとまず、行ってみるしかないのだろう。
歩みを進めていくと、こちらへと向かって走って来る一人の人間がいた。
空色の長い髪を揺らして走って来る少女。その姿には、見覚えがある。
空高烏羽。羽切の娘であり、空高翼の婚約者。
従兄妹同士ということもあり、翼や青烏と何処となく面影が重なった。

「父上様!無色様!」

こちらの姿を捉えると、烏羽が目に涙を浮かべて走って来る。
そして、その烏羽の後ろには、彼女の護衛として傍にいたのであろう、同じ特殊部隊の黒制服を着た者が何人かいた。

「無色様、戻ってたんだね。」
「純…どうかしましたか?」

金髪だが、前髪の一部と後ろに束ねている髪だけは黒色という特殊な色合いをした青年が声をかける。
彼、澄友純は黄荒地の代表一族、澄友一族の時期頭首であり、政府への信頼の証として、頭首就任までの間一時的に特殊部隊に所属していた青年だった。
彼の顔色も、烏羽の顔色も、あまり芳しくない。

「とにかく、穹宮へ。…穹宮の様子が、おかしいんだ。…議場に集まっていた人々が、…純の父君も含めて、何時間も出て来ない。」
「…何ですって?」

純の言葉に、無色は動揺の色を浮かべる。
彼等に連れられていた羽切も、どうやら動揺を隠せないようだった。
ひとまず確かめなければと、彼等はすぐに足を速めて穹宮に向かう。白い建物はいつものように厳かな雰囲気を放っていたが、静けさ故の不気味さも、同時に放っていた。
ゆっくりと扉を開き、中央の議場へと足を進める、扉へと手をかける。
扉をゆっくりと開けると、ふわりと白い煙が扉の間から洩れ、ひんやりとした冷気が漂って来た。
扉を全て開けると、その議場の中で、政府の人間たちが全員椅子に腰を下ろして…死んでいた。
白目を向いて、皆一様に、天を仰ぎ、その中心に何かを見るようにして、絶命していたのだ。
その不気味さ、不可思議さに息を飲む。
少なくとも、これは人間業ではない。

「無色様!見てください!」

閃叉が指を指した先には、議場に設置された巨大な画面。
その画面に映っている映像は、少なくとも電波を介してこの世界中の人々のテレビにも移されているはずのもの。
その画面の向こう側では、無色たちが今見ているものと、同じ光景が広がっていたのだ。
つまり、政府の人間が全員皆殺しにされたというこの光景が、世に晒されたことになる。

「嗚呼、穢い。穢い。穢い。全てが、穢い。汚らわしくて、哀れな、我らの落とし子たちよ。」

その声を共に、議場の中心に光が差し込まれる。
天井が開いている訳ではない。なのに、何処からかその光は注がれていた。
そして、その光の中から現れた人影。
青空色の髪と瞳。その姿は何処か見覚えがあって、まるで翼にそっくりな少年が、其処に居た。

「我の名は穹集。空に集う神々の頂点に立つ者。お前たち人間が、創造神と敬う、空高一族の祖たる者。」

光の中でふわりと浮かぶ少年が、ただの人間ではないということはすぐにわかった。
彼の異様な登場の仕方もそうだが、放たれる覇気が、桁違いだ。
ピリピリと痺れるようなその威圧感は、まさに神のそれといっても過言ではないような、そんな、覇気だった。

「私は、嘆いている。争いを続ける人間に、憎み合う人間に、この世界に、嘆いている。…これでは、私の求めている理想郷には到底、なり得ない。これでは、約束が、果たせない。」

そこで、だ。
と、彼は笑った。
無邪気な笑み。あどけない笑み。優しい笑み。無垢な笑み。純粋な笑み。楽しそうな笑み。

「この世界を、一度壊すことにしたんだ。」

そう言って、神は笑った。

「期間は、半年。半年以内に、この世界を、終わらせよう。」

とても綺麗で、とても残酷な笑みと、その宣言は、世界中に放送された。
そして、この宣言は、翼たちの元にも、届いたのだった。

 


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