「そういえば今日の昼、となりに女子大生が引っ越してきた」

 風介がバニラ味のカップアイスを大事そうにスプーンですくいながら、どうでもよさそうに呟いた。まるでニュースを読み上げるアナウンサーのごとく淡々と言うもんだから、その言葉は俺の耳を左から右にスルーして、もう一度左へと戻ってくる。スルーしてる間に「ふーん」とあっさり返事をしていたが、こいつがなにを言ったのか理解して、俺は思わず立ち止まって猫背がちな背中を見つめた。

「……え、マジで?」
「ああ」

 夜中にばか騒ぎするようなタイプには見えなかったな。最後の一口のアイスを口に運びながら相変わらずあっさりと話す風介の横で、今まで黙って本を読んでいたヒロトが「良かったじゃないか」と声を上げる。「風介はうるさいの嫌いだもんね」無風のくせになぜかなびいた涼しげな髪が上下に頷いた。

「まあね」
「それで?どんな子なの?」
「とりあえず私を『なにこいつ』みたいな目で見てきたよ」

 怪訝な顔をして風介は言うものの、いやもっともだろと俺は考える。平日の真っ昼間に思いっきりルームウェアの男が出てきたら、誰だってなにこいつってなるわ。俺だってなる。
 多分その女子大生は風介のことをいい歳したニートかなにかだと思ってんだろうな、と思考を巡らせたら、なんだか目の前で頭を掻いているこいつが可哀想になった。しかしまあニート云々を力強く否定できないあたりつらいところである。むしろ正解だ。

 俺はよっこらせとヒロトのとなりに腰を下ろして、珍しくテーブルの上に置いてあるお茶請け菓子を一つ手に取る。豆大福だ。かじってみるとなかなか美味い。いつのまにか読んでいた本を閉じたヒロトが、口をもぐもぐと動かしながら「これ美味しいね」と微笑んだ。そういえばこいつは昔っから甘いものが好きだった。

「ああ、それ。となりの女子大生がくれたんだ」

 風介は中身がつぶあんなことに眉を潜めながら、無惨にあんをさらけ出した豆大福を俺の前に差し出す。なんだよ食えってことかよ。まるで子どもみたいな行動に呆れつつ、仕方なしに押し込む。二つ分の豆大福のお陰で口の中はパンパンだ。

「ほうひえはおはえらひわはふほんは……ごふっ」
「汚いうえになに言ってるかわかんないよ」
「口の中の大福がなくなってから言え」

 誰のせいだよと思いながらもどうにかこうにか飲み込んで、俺はここに来た本来の目的を思い出してカバンを探った。おー、あったあった。

「ほら、これ。やるよ」
「なんだこれは」
「開けてみりゃわかるって」

 そう言って取り出したものを二人に手渡す。白い封筒を開いて中を確認した風介は少しだけ目を見開いて、ヒロトは嬉しそうに笑ってから横にいた風介をちらりと一瞥し、そしてまた笑う。そんな二人の様子を眺めて、俺も同じく笑った。

「その映画のチケット、まだ販売してねーからな」
「……」
「ありがとう、楽しみにしてるよ」

 無言でテレビを見つめていた風介だったが、食べ終わったアイスのごみを持って、ふらりとキッチンの奥に消えていった。俺とヒロトは顔を見合わせて、お互い肩をすくめる。二人ともあいつの口の端っこが少しだけ持ち上がっていたのを見逃していなかった。
 ほどなくして風介は、今度はカップヌードルを片手に戻ってきた。アイスと言いカップヌードルと言い、どうも食生活に心配せざるをえない日々を送っているらしい。ていうかさっき一緒に居酒屋で散々飲み食いしたじゃねーか。

「お前そんなもんばっか食ってたら身体壊すぞ」
「そうだよ風介、不健康だよ」
「私とカップヌードルを引き離そうとするのはやめろ!」

 呆れて口をうっすら開いたヒロトが、なにも言わずに手元の本を開く。さっき渡した映画のチケットの、原作となった小説だ。そんなヒロトの様子を意にも介さず、風介は勢いよく音を立てながらラーメンを咀嚼していく。もう駄目だわこいつ。ふうふうと息を吹きつけながらすすられていく麺を眺めて、俺はひっそりとため息をついた。





「ぶぁっくしゅん!!」

 未だかつてないほどに盛大なくしゃみが漏れて、わたしは思わず自分で自分に驚いた。まさかこんなおっさん臭いくしゃみをあげようとは……と思ったものの、そういえばいつもこんな感じだったわ。

「うう……」

 鼻がむずむずして気持ちが悪いが、このレポートは明日の一限までに提出しなければならない超重要提出物だ。すすっていたラーメンの汁が芸術的に飛び散ったモニターをティッシュで拭い、再び箸を動かす。しーんとした部屋の中に、ずずずっとなんとも言えない音が鳴り響いた。

「あー、カップヌードル美味い」

 わたしの一人暮らしは、まだまだ始まったばかりである。

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