薔薇の花が落ちた時には
先週彼女が持ってきてくれた薔薇の花びらが、また一つ儚げに落ちた。
控えめに叩かれたノックの音が、心の奥で何かの終わりを告げた。
「どうぞ。」
この部屋に来るのはこれが最後であろう彼女が、そっと入ってくる。
「カミル…ごめんなさい」
入ってくるなり消え入りそうな声で謝るサトを見て、先程悟ったことが間違いでないことがわかった。
「私…断われなくて……本当に、ごめ」
言い訳を必死に紡ぐ彼女を遮って、そのまま腕の中に収めた。
「君が幸せになれるなら、それでいいから。」
彼女に対してつく、最初で最後の嘘だった。
明日になればこの村を出て誰かの元へ行ってしまうサトは今、一体何を思っているのだろう。
腕の中で震えている彼女はすぐにでも消えて無くなりそうな気がして。
「カミル…私……まだ好」
「それはもう言わない約束だろう?」
聞いてしまえば多分、彼女を奪ってしまうから。
だから無情な言葉を返した。
小さく息を呑む音が聞こえたのち、サトが腕から離れた。
彼女の体温が部屋の空気にさらわれる。
「じゃあ…待たせてしまってるから…。行かなくちゃ」
「うん。気を付けて」
敢えて「さよなら」は言わなかった。
扉を開けた彼女はそっとこちらを振り向く。
いつもの笑顔ではにかんでやると、安心したように微笑んだ。
…そして彼女は出ていった。
少し遅れて扉の閉まる音が響く。
ふと机に目をやると、最期の花弁が落ちていた。
薔薇の花が落ちた時には
(君はもう、ここにいない)
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