日が沈む前にキスをして
休みの日には珍しく、夕方クリニックに来ていた。
余暇に読もうと思っていた本を置いてきてしまったことを思い出したからだ。
机上に無造作に置かれた本を手にとって時計を見上げると、18時を回ったところだった。
長い夏の太陽は、まだ水平線から半分顔を出している。
その太陽が浜辺に小さな影を落としているのが見えた。
近づいてみるとそれは意外な人で。
夏風に煽られた砂浜の上に座り込む彼女の頬には、まだ乾いていない涙の痕があった。
「アカリ君、どうした」
声をかけてみても反応はなく、ただ海を見つめている。
少し間をあけて隣に座ると、彼女は動かずに言った。
「先生……3日目の夕日が沈んだら、どうなるんでしょうか」
「…アカリ君?」
「泡になって、消えてしまうのでしょうか」
そうなればいいのに、と吐き捨てるように呟かれた言葉を聞いて、彼女が童話の一説を持ち出したことがわかった。
叶わなかった恋心。日が暮れたら泡沫(うたかた)となって消えていく運命。
「アカリ」
少し強めに名前を呼び捨てると、彼女の肩が揺らいだ。
「…君が消えてしまわないように、こうしよう」日が沈む前にキスをして
(泡となって消えぬように)
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