12時の鐘が鳴り終わる前に
時計があと一周すると、日付が変わる。
彼の腕の隙間から垣間見たその事実が胸を締め付けた。
「ねえ、本当に行っちゃうの?」
「サト。さっきも同じこと訊いてたよ」
12時になる前に帰らなきゃ、とミハイルは笑ってはぐらかした。
「…ずっとこっちにいればいいのに」
つい口から出てしまった我が儘に、彼は幼い子をあやすように微笑んだ。
ただやっぱり夏は苦手なんだ、と。
自分には牧場があるのと同じように、彼には音楽がある。
それは例え愛しい人の望みであろうと捨てられないものだ。
そう、よくわかっていた。
なのに、なのに。
心が言うことをきかない。
跡がつくまでぎゅっと握りしめた彼のシャツに、一粒だけ涙が落ちた。
「サト、」
ぽん、と頭の上に手が置かれる。
時計は半刻を示していた。
「ひと月だけ、待っててくれないか」
言われたことの意味をよく理解する前に、彼は立ち上がった。
「そろそろ帰るよ」
ソファーに取り残されたサトは頷くことしか出来なかった。
彼がドアを開けようとした時、慌てて立ち上がって腕を掴んだ。
ミハイルが振り返る。
「靴…わざと落としておくから。秋になったらちゃんと届けにきてよね」
12時を告げる時計の音がした。
「わかったよ。」
いつもの笑顔を浮かべている彼の頬に、優しく唇を寄せた。
12時の鐘が鳴り終わる前に
(ガラスの靴は、青い羽根の代わりに。)
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