悲しみは半分に、喜び幸せ倍にしていこう




最近、あまりアカリと話せていない。

付き合い始めてからもうかなり経っているから、お互いにそこまで気を遣わなくなっているせいかもしれない。

仕事が忙しいのはどちらも同じだから、特に気にはしていなかった。

でもそう思ってたのは自分だけで。

目の前で、睫毛に宿る雫を必死に落とすまいと俯いている彼女を見て、僕は息ができなくなった。

「あか、り」

「ご、ごめんね。仕事忙しいよね。それじゃっ」

傾きかけている日の光のせいで、彼女の顔はよく見えなかった。

一人背を向けて去っていくアカリを、僕は追いかけられなかった。

今の自分には、彼女にかけられる言葉はない。

いつもより早い時間に酒場に入って、明日1日休みがほしいと言った。



「はあ、はあ、…今、何階、だよっ」

オセに借りたハンマーを引きずりながら、チハヤはガルモーニ鉱山を上っていた。

脳裏には、昨日のアカリが幾度となくよぎる。

その度に焦る気持ちを抑えきれないまま、足が速まっていく。

最上階に青い鳥がいるという噂を耳にしたことは何度かあった。

別に、そんなものがなくても気持ちは伝えられるだろう。

しかし、それがなければ伝わらない気がした。

時刻はとうにお昼をまわっている。

そろそろ休もうか、と気を緩めたのが悪かった。

足許の亀裂を見逃してしまっていた。

思わず叫んだ声は地面が割れる音と重なり、聞こえなくなった。

「っ!」

強い衝撃に一瞬意識が飛びそうになる。

しかし幸いにも、落ちたのは1つ下の階だった。

体に大事がないことを確認すると、再び上の階を目指した。



最後の階段を上りきったら、そこは別世界だった。

こんな場所がこの町、いやこの世の中にあるとは。

暫く景色に見入っていると、向こうの方で何か動いているのが見える。

導かれるようにそこへ行くと、青い羽根が落ちていた。

「あっ」

そっとそれを拾うと、大切に大切にポケットにしまう。

ああ、やっと見つけた。



その先の記憶はない。

気が付いたら、クリニックのベッドの上だった。

「チハヤっ、チハヤ!」

「…アカリ?」

重たい瞼を開けた先には、涙でぐしゃぐしゃになった彼女の姿。

ああ、まだ泣いていたのだろうか。

「アカリっ、ごめん、僕が、」

悪かった、と続けようとした。

しかしそれは、アカリの言葉に遮られてしまった。

「無事でよかったよっ…」

私のために鉱山に行ったんでしょ、と目を伏せている彼女がいじらしい。

恐る恐るポケットに手を入れると、良かった、ちゃんとある。

「アカリ。」

顔を上げて、と頬に手を添える。

「いっぱい心配かけてごめん。気遣ってやれなくてごめん。」

ポケットの中でそっと握っていた手を、ゆっくりと出した。

「君の食事を、毎日作りたい。」

「ち、チハヤっ、これっ」

僕はアカリに青い羽根を差し出した。

「本当に、いいの?」

「アカリじゃなきゃ嫌だよ」

「チハヤっ」

飛びついてくる彼女の顔は、まだ涙で濡れていた。

涙の跡を消すように、頬に唇を這わす。

「ちょっ、チハ、ヤっ」

このまま押し倒してもいいかな、と思った時、こほん、と軽い咳ばらいが聞こえた。

「君達、ここは一応病院なんだが」

「わっ、先生!ご、ごめんなさい」

その後、ウォンにお礼を言って、クリニックを出た。

「チハヤ?何処に行くの?」

「何処って、役場だよ」

いろいろ手続きがあるだろう、と言って歩き出すと、少し間があってから遅れてアカリもついてきた。

言葉交わさずに繋いだ手を、二度と離さないと心の中で堅く誓った。



悲しみは半分に、
喜び幸せ倍にしていこう



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