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高専の前に黒塗りの車が止まっている。
集合時間の5分前に名前は現れた。

「君が夏油くんかな?初めまして。2年生の名前です。今日はよろしくね」
「...」

自身と同じような漆黒の学ランにボンタン。確かに見た目はヤンキーだった。

「...あれ?違ったかな?今日の任務に同行するのは夏油くんって聞いていたのだけれど」

石造の花壇の端に腰掛け携帯をいじっている彼に話しかけた筈だが、ゆったりと此方に顔を上げたまま細めの黒い瞳を見開きフリーズしている。
しばらくしてハッと気が付いたように立ち上がり右手を差し伸べた。

「...あ〜すみません。夏油傑です。今日は見学させて頂きます。よろしくお願いします」
「間違ってるかと思ったよ〜。勉強になるかは解らないけれど、よろしくね」

佳純も手を差し出して握手を交わす。

「...あの。失礼かもなんですが...弟とかいますか?」
「弟?私孤児だから正確には解らないけれど、生まれと育ちは日本じゃないの。いたとしても日本にはいないかな」
「あ〜そうなんですね。変な事をお聞きしてすみません。知り合いに似てる奴がいて、もしかしたら血縁かと思って。」

白髪に白銀の不思議な瞳。
夏油にはこの造形美に既視感があったが勘違いだったらしい。
それにしても彼女は今まで見てきた美しい女性とも比べ物にならない程の造りをしている。
まじまじと見つめてしまったのは失礼かも知れなかったが夏油はそうするしか方法が無い程名前に見蕩れてしまっていた。

「んー夏油くんがそんなに似てるって言うなら会ってみたいかも〜」

彼女はふふっと笑いながら行こうかと補助監督に会釈した。
到着まで1時間弱。夏油は彼女と話したいし聞きたい事が沢山あった。それ程名前は興味深い人間だったのだが。

「ごめん。夏油くん。今日海外から帰ったばっかでまだ時差ぼけしててさ〜着くまで寝てていいかな?」

確かに彼女は疲れが見て取れた。

「お疲れ様です。私に気にせず寝て下さい。...なんなら私の肩使ってもいいですよ?」

夏油は冗談のつもりだった。
普段親友にする様なお巫山戯である。
疲れている彼女に少しでも笑って欲しかったのだ。しかし彼女は無垢であった。
後輩の好意を無下にはしない。

「お言葉に甘えて失礼しまーす」

名前は夏油の肩に頭を預けると目を瞑って眠る体制に入った。
髪と同じ色の長い睫毛が呼吸に合わせて微かに揺れる。
柔らかな膨らみが腕にあたっている。
整ったかんばせから目を逸らし、下を向くと黒いストッキングに覆われた細長い足が自身の膝に触れていた。
これは何の罰ゲームなのかと夏油は思う。
そんな夏油の気持ちを知る筈も無くバックミラー越しに目が合った補助監督が微笑んだ。

「名前さんは今日ヨーロッパから帰って来たばかりで私達が会うのも久々なんですよ。補助監督の私達にも良くして下さっていて、本当に素敵な方です。夏油くん、良ければそのまま寝せてあげててください」
「...了解です。」

夏油は補助監督に微笑み彼女が居る方と反対側の窓に目を向けた。
窓から流れて行くたいして面白くもない景色を彼は眺め続けている。
どくどくと自身の右肩から彼女に心臓の音が聴こえてしまうのではないかと思う程それくらいに彼は緊張していた。



「...先輩... 名前先輩。着きましたよ」

何故か夏油くんに、頭を撫でられている。まだ眠れそうなくらいに心地よい。

「名前さん。任務地に到着しましたよ」

補助監督の声でガバッと身を起こす。
夏油くんの肩どころか膝をお借りしていたらしい。

「2人ともごめんなさい。寝過ぎてしまったみたいですね〜」

車から降り、んん〜と伸びをして固まった体を解す。夏油もそれに倣い、車を降りる。

「夏油くんごめんね。肩借りたつもりだったんだけど、膝も疲れたでしょう?」
「名前先輩の疲れが少しでも取れたなら役得ですよ」

夏油くんは絶対にモテるタイプだと名前は確信する。

夏油は面白くもない景色を眺めること数十分。
補強されてない山道に入ったのかガタガタと車が揺れだした。
んんーと微かに聞こえた声にまだ、眠っているのだと安心したとき、ずるっと頭が肩から自身の膝の上に落ちて来た。
幾らか振動はあった筈なのに彼女は瞳を瞑ったままだった。
これはどうしたものかと夏油は頭を悩ませる。
初対面であるはずの己にこれ見よがしに心を許しているような素振りを見せる彼女に些か不安になったのである。
私は何か試されているのだろうかと在りもしないカメラを探したくなる程だった。
そっと右手で彼女の髪に触れてみる。
サラサラと指の間から落ちていく髪は陽を浴びて銀色に輝く。
躊躇いながらも頭をそろそろと撫でてみると、ふふっと彼女が小さく笑った気がした。
これは正直にヤバかった。
あの学年合同の授業に彼女が居なかった事に心から感謝した。

「夏油くんのおかげでスッキリしたなぁ。ありがとね」

じゃ行こっか〜と左手で夏油の右手を掴みながら名前は自ら帳を下ろす。
補助監督に行ってきますと手を振りながらの事である。

「ん〜夏油くんは今日の任務について何て聞いてる〜?」

暫く歩いたところで、名前が立ち止まり、此方に振り帰って首を傾げながら質問を投げ掛けた。微笑みもプラスされている。
当たり前の様に手は繋がれたままである。
本当にこれが無自覚の所作なら彼女を野放しにしておくと世界が滅びるのでは?と馬鹿な思考を繰り広げるくらいのあざとさがある。

「えっと...とりあえず見学して学べ。としか言われてないです」

彼女は夏油の手を漸く離しその手を自身の顎に添えて上を見た。
ん〜見学ね。と頷き、なら此処で見ててね〜。私の祓い方が勉強になるとは思わないけどと小さく呟き前を見添える。

瞬間彼女の人差し指から白け眩い光が放たれたと思った時には全て終わっていた。


帰り道も彼女は夏油の膝を借りている。
また冗談で膝枕どうぞと言ったつもりが彼女に後輩の好意は無下する事が出来ない方程式が既に出来上がっているためこうなった。

高専に着いた後、名前に見学の御礼を伝え、談話室のソファーに深く腰掛けた夏油はふわふわした気持ちで暫く放心していた。

「傑いるじゃん。帰って来てたなら連絡返せよな〜」

不機嫌な声のほうに顔を向けると、五条悟がサングラスをずらしながら此方を睨んでいた。

「すまない悟。今日の任務は何だか気疲れしてしまってね」
「はぁー?今日1個上の奴の付き添いだろ?センパイが雑魚すぎて傑が祓ったのか?」

それはそれでウケる。と笑いながら夏油の隣に腰を下ろす。

「今日2年生のもう1人の方に会ったんだけど、あの人は本当にヤバいよ。色んな意味で。」
「何それ!めっちゃ気になるんだけど!」

夏油は今日の事を思い出してふと微笑む。

「ふーん。良く解んねぇーけど傑がそう言うならヤバい奴なんだろーよ」

五条はゴリゴリの近接タイプのマッチョな男を想像しながらニヤニヤしている。
そんな彼の魂胆に夏油は気付いていたが今日の事は言わない方が面白いと思って口を噤んだ。

それに、何故か彼女との出来事を話したくないと思った。


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