影響力 01.

「お前さぁ、いい加減にしろよ。」

「ウチらの忠告、いつまで無視るわけ?」

「ブスのくせに調子乗んなよ。」



ズキン、ズキンと胸が嫌な音を立てる。

言葉を重ねられれば重ねられるほど、心が捩れておかしくなってしまいそうだ。

呼び出された体育倉庫裏。いつもの、お決まりの場所だ。

ここは学校でも端の方にあるので滅多に人は来ない。死角も多く"私達"がいても誰も気づかないだろう。



「聞いてんの?」



私は壁際に追いつめられ、同学年の五人に囲まれていた。

私を見るその瞳は敵意に満ちていて、小洒落た髪型やいじられた制服で隠された女の内が見える。

ドキン、と心臓が跳ね上がる。

頭の中では冷静なのに、身体はその緊迫感に熱を上げていた。

射るような言葉に、私はうつむかせていた視線を向ける。

こういうときにどうしたらいいかなんてわからない。

誰も教えてはくれないし、実際、教えられても困ってしまう。こんな、女の嫉妬の対処法なんて。



「幸村君に近づくなって言ってんの。わかってるよね。」



視線を上げた私はどんな表情をしていたのだろうか。

きっと泣きそうにでもなっていたのだろう。ちょうど真ん中にいる、一番可愛くて大切に大切にされてきたかのような子が調子を変えて言ってきた。

その口元はあざ笑うかのようにつり上がっていて、とてつもなく惨めな気持ちに襲われる。

彼女たちはそう、この学校のテニス部の部長である幸村精市に恋をしているのだ。私と同じように。

私はほとんど女子と特別な関わりを持たない彼、精市の隣にいることが多い。部活のメンバーともよく話すし、時間が合えば一緒に帰る。

精市だけに限らず、他のメンバーも女子とは特別に付き合わない。

そのため彼らのことを想っている子達からよく忠告と称して呼び出されることが多かった。

それでも私は精市が好きであるし、彼を目で追ってしまったり気にかけてしまったりする。

それを彼女達も感じているのか、最近は呼ばれる回数も酷くなっていった。

この言葉ももう何度聞いたことだろう。幸村君に近づくな。

その言葉に、ズキリと胸が痛む。確かに私は何度呼び出されても性懲りもなく精市と話している。彼のことが好きだから。

我ながら、こういったことは苦手であるしプレッシャーにも弱いのによくやると舌を巻いてしまう。

けれど、他人から言われてそうそう引き下がれるものでもない。何より言いなりになったようで嫌だ。



「お前しつこいんだよ。マジで目障り。」

「…。」



空はもう茜色に染まっている。部活はもう終わるだろうか。

もう少し、もう少し、もう少し。もう少しだけ耐えればいい。

いつもこれくらいの時間で彼女達は帰っていく。真ん中にいる彼女の携帯にメッセージが入るのを合図に。

ピロン。いつも通り、お洒落な可愛い音がメッセージの受信を告げた。

真ん中の彼女は鞄から携帯を出し、それを確認する。

瞬間、ほっと身体の力が抜けたような気がした。これで終わった、という安堵が染み渡る。

彼女達はすぐに帰るだろう。もう近づくな、と一言残して。

しかし、今日は違った。目の前の彼女は携帯を鞄に戻し、髪を指に絡めて私をじっと見つめる。

安堵に気を抜いていた私は、ドキリと息を詰まらせた。



「幸村君が迷惑してるのがわかんないの?」

「お前のせいで、テニスに集中できてないんだよ?」



彼女達は流れるように言葉を乗せて、口端をつり上げた。

ズキン、ズキンと酷い痛みが胸を襲う。耐えきれずにバラバラに砕けてしまいそうだ。

この言葉は前にも聞いた。いつだったかは思い出せないけれど。

私のことを迷惑だと思っている。私が近づくから、テニスに集中できない。

それは何も身構えず安心しきっていた私にはとても酷く響いてきた。

目の前が真っ暗になったかのようだった。

ただ、クスクスと笑う彼女達の声が嫌に耳に残る。



「自分だけが特別だと思ってんなよ、ブサイク。」



鈴のような可愛い声であるのに、鋭利な刃物のような残酷さを切りつけてきた。

その言葉はじっとりと私の中に残り侵食していく。意識はしていなかったけれど、確かにそう思っていたのかもしれない。

精市はいつも微笑んでいるから。いつも優しくしてくれるから。

それは学年を上がるにつれて感じていた。

一年生のときに同じクラスになって話すようになった。二年生のときは別のクラスになってしまったけれどたまにメールを交わしていた。三年生になって、また同じクラスになった。

日を重ねるにつれてどんどんと好きになっていった。言葉を交わすたびに嬉しくなった。顔を合わせるたびに胸が跳ね上がった。

私が独りよがりに舞い上がり、精市の気持ちに気づかなくなっていったのだろうか。

胸が嫌な音を立てて軋んでいく。

私が酷く落ち込んだのを見て、彼女達は笑い、帰っていった。



「ぁ、はは…。」



惨めな自分に嫌気がさした。情けない姿に嘲笑すらうかぶ。

けれどうまく笑えず、さらに気は落ち込む。

何も考えられなくなったように頭が真っ白だ。いや、漠然とした靄だけが残って自分でも理解ができていない。



「……帰らなきゃ。」



このままここに残っているわけにはいかない。

これ以上考えていると、絶望に足が動かなくなりそうだ。

私は気を紛らわせるように足を動かし、陰っている体育倉庫から這い出た気持ちでいた。

テニス部は、もう終わっただろうか。こんなときでも気にしてしまう私は彼女達の言うように頭がおかしいに違いない。

ふとテニスコートに近づくと、まだボールを打ち合う音が聞こえてきた。

パコン、パコン。軽快なリズムで打ち合うその音に、私の気持ちが紛れたように軽くなる。

誘われるように足を向けると、コートの中には精市がいた。向かいには赤也がいてラリーを続けている。

精市がラケットを振るたびに、羽織ったジャージが幻想的に揺らめく。

ぼうっと見とれたように見つめていた。精市のテニスをする姿が、私はとても好きだ。強く佇む凛とした、けれどどこか儚いその姿が。

何も考えることなくいられた。落ち着いた気持ちで、何にも囚われることなく。

少しすると、精市がこちらに気づいたようだった。

ドキリと私の心臓は跳ね上がる。目が合ったように感じ、恥ずかしさがこみ上げた。

しかしその瞬間、彼女達の言葉が脳裏によみがえる。

精市は驚いたように目を見開き、顔をしかめたように見えた。

次いでボールを打つと、今までとは違うこもったような音が響き、ボールはネットにかかる。



「…っ、!」



調子を悪くしたのは一目でわかった。

精市の打つボールは正確に、ネットにかかることなく軽々と飛んでいたのに。

そう思えば、皆も精市自身も驚いたように目を見開いていた。

ドクン、と嫌に心臓が深く音を鳴らした。

精市は、私のことを迷惑だと思っている。私が近づくから、テニスに集中できない。

彼女達の言葉が頭をよぎり、私は逃げるように身を翻した。

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