翌朝、目を覚ませば昨日と同じようにリナリアがすぐ近くにいた。
ぎゅうと俺に抱き着いているようなリナリアを見て、口元が緩む。
昨日リナリアはなかなか俺から離れようとしなかった。
俺自身、リナリアの気持ちが自然と分かって、それを受け入れた。
今だって、昨日までの俺ならすぐに離れようとするだろう。
けれど…もう、それはできそうにない。
そんな自分に嘲笑の笑みを静かに浮かべて、眠っているリナリアに視線を移した。
「…リナリア。」
「っん…にゃ…?」
手で髪を梳けば、くすぐったそうに身動ぎする。
目をぎゅっと瞑ったリナリアに優しく声を掛ける。
リナリアの耳は、俺の声に反応してピクリと動いた。
「そろそろ起きて。」
「…ん…せ、いち。」
「ッ、!」
リナリアは眠そうな声を出すと、腕の力を強めて擦り寄ってきた。
甘えるようなその声に…安心しきったその顔に、思わず胸が高鳴る。
ふいに見せるリナリアのその姿が、俺を戸惑わせる。
ドキリと高鳴った胸を落ち着かせて、ふわりとした髪を撫でた。
「駄目だよ。今日は練習試合があるんだ。」
時計を見てみると、まだ起きる予定の時間よりも少し早い。
けれど、かといってゆっくりも出来ないだろう。
そろそろ起きなければ、集合時間に遅れてしまうかもしれない。
リナリアは俺の言葉に耳を動かすと、顔を上げて俺を見た。
不安そうに寄せられた眉、そして揺れている淡いブルーの瞳…。
寂しそうなその表情が、俺をじっと見ていた。
「…きょうも…行っちゃうの…?」
「ッ、」
言葉にされると、何も言えなくなってしまう。
リナリアは静かに上体を起こして、顔を俯かせた。
体の自由が利くようになった俺は、体を起こす。
リナリアのペタンと垂れた耳、悲しそうに伏せられた瞳を見て、胸が締め付けられた。
このまま俺が出ていったら、また、リナリアは泣いてしまうだろうか。
それに俺も、リナリアのことが気になって昨日のように何も手に付かなくなってしまうかもしれない。
…何か方法はないのだろうか。
俺は無意識にリナリアの耳と尾に視線を送る。
けれど尾は、リナリアが服の中に入れてしまっているので姿は見えなかった。
「!」
そうだ。
服に入れたら見えなくなる…。
耳も、帽子を被るかすれば、見えなくなる。
それに、今日の相手は氷帝。
よく知らない学校ではないのだ。
運が良かったと言っても過言ではないだろう。
俺はすぐ枕元に置いてあった携帯を掴み、駆けるようにベッドを離れた。
「ごめんリナリア!少し待っていてくれ。」
「?…ぅ、ん…。」
部屋を飛び出した俺を、リナリアは不思議そうに首を傾げていた。
俺は扉を閉めてすぐ、携帯を開く。
そして相手の番号を急いで打った。
発信ボタンを押して、携帯を耳に当てる。
機械音が俺の耳に届いた。
一コール、二コール…と時が過ぎる。
早く出てくれ。
俺は願うかのように唇を噛んだ。
すると、あの機械音がプツッと小さな音を鳴らせて切れる。
「どうした、精市。」
機械音と変わるように、あの落ち着いた声が聞こえてきた。
繋がった事に、俺は安堵のため息を吐く。
「朝早くからすまないね、蓮二。
…1つ、聞いてほしいことがある。」
「何だ?」
蓮二の声は、電話越しにでも分かるように優しい。
まるで俺の言いたいことが分かっているかのような、包容力のある声だ。
俺は一息吐いてから、口を開いた。
「…、リナリアも氷帝に連れて行きたいんだ。」
「…。」
「耳と尻尾は、どうにかして隠す。
だから、リナリアも連れて行きたい。」
「……。」
蓮二は我が儘のように繰り返した俺の言葉に、考えるように間をあけた。
その静寂に、俺の心臓はドキリと跳ねる。
落ち着かないように…その空気に緊張しているかのように。
少しすると、蓮二がため息を吐いた。
「…わかった。」
「!ッ、本当かい?」
「あぁ、跡部達にはうまく言えばいい。」
無意識に、顔に笑みが浮かんでいた。
これでリナリアが独りになることはない。
俺も、自分が乱れることがなくなる。
思わずほっと安堵の息を吐いた。
そんな俺に注意するように、蓮二は口を開く。
「ただし。…リナリアを1人にするのは危ない。
だから精市、お前はリナリアから離れるな。」
「…あぁ、わかってる。」
それは重々承知している。
リナリアのあの好奇心、人懐っこさを考えると、そうするのが妥当だ。
俺は運良く、オーダーの中には入っていない。
リナリアの傍に、ずっといれるということだ。
「ありがとう、蓮二。」
「いや、礼には及ばないさ。
…昨日の精市の様子を見てしまったらな。」
「!…それは、すまなかったよ。」
蓮二の言葉に、思わず笑ってしまった。
俺自身、昨日の自分が信じられない。
ほっとしているからこそ、今笑えている。
何だか不思議な感じがして、自然と口元が緩んでいた。
これで一安心だ。
そう思い、俺は口を開く。
「じゃあ蓮二、そろそろ…。」
「…あぁ、長くなったな。」
「早くからすまなかった。また、後で会おう。」
「あぁ。」
そして、互いに電話を切った。
俺は弾むような気持ちになり、部屋に入る。
リナリアはベッドに座り、少し俯いて浮かない表情をしていた。
俺はそんなリナリアに歩み寄り、声を掛ける。
「リナリア、今日…一緒に来るかい?」
「!」
リナリアは目を丸くして、顔を勢いよく上げた。
びっくりしたようなその反応に、自然と口元が弧を描く。
リナリアと目線が合うようにしゃがんで、優しく微笑んだ。
「…今日、一緒に来る?」
「っ、うん…!」
「ッ、」
嬉しそうにリナリアは微笑み、俺に飛び込むように抱き着く。
首元に腕を回され、リナリアの髪が俺の髪と触れた。
ふわり、と優しい香りがリナリアからやって来る。
俺はぎゅうと抱き着いてくるリナリアをそのまま抱き上げた。
いつの間にか、リナリアのこの行為を自然と受け入れている自分に笑ってしまう。
それにリナリアは、相変わらず苦にならないほど軽い。
髪を撫でてやると、更に腕の力が強まった。
「……せーいち。」
「ん、何だい?」
そのまま、俺の首元に顔を埋めた状態でリナリアは口を開く。
それすらも可愛く感じて返事をすれば、リナリアは呟きに近い声を出した。
「にゃ…、……だいすき…っ。」
「ッ!」
思わず、目を見張ってしまう。
すぐ耳元で聞こえた声に、俺自身の耳を疑う。
今…今、リナリアは…"大好き"と言ったのか?
…信じられない。
リナリアの顔を見ようとしても、腕の力を強められて見られない。
けれどリナリアの耳はペタン、と伏せられていた。
それがリナリアの照れ隠しだと自然と分かって、思わず笑ってしまう。
抱きしめ返すように背中に腕を回して、できるだけリナリアの耳の近くで、囁く。
「ん…俺もだよ、リナリア。」
そう言うとリナリアの耳はピクッと反応した。
そして、これ以上強まらないはずのリナリアの腕の力が少し、強まった気がした。
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