なんで、もっと濃い色の服を着せないんだろう、そう思った。たとえば紺だとか、空色だとか。彼のツレである高杉に訊いてみたところ、そんなの着せたら白が際立っちまうだろう、とのこと。 だからといって、白はないだろう、白は。赤が目立つ。 「大体、白夜叉なのに、紺ってどうなんだよ」 目は笑わず、口の端だけ持ち上げられた嫌な笑い顔を思い出す。 歪みすら感じさせる口調で、アイツにゃ殺しの才能があったのさと高杉は言った。ひどい言い種だ。 運悪くこの話を知ってしまった銀時は最近とんと笑わなくなった。声を出して笑っていようとも、ふと思い出したように口を閉ざす。 笑う才能は落としてしまったとでも言うように。 まあ、それは銀時だけではないか。高杉は嫌な笑みしか浮かべない。桂は行く先を憂うように、四六時中仏頂面。他の誰だって似たようなもんだ。 笑顔の才能を捨て、殺しの才能を育てていく。 [ 才能をちょうだい ] (そんなん、さみしいだけなのに) 辰馬は、ずるずる笑う才能を拾い集めている。おかげで今回の戦でも骨を折った。さらに言うなら、白いあの子がいなかったら命だってなかったかもしれない。辰馬は殺しの才能に手を伸ばさずに、笑う才能で花束を作っている。 いつか、あの子に渡せるように。 折れた骨がくっついた矢先、今度はやたらと切り傷を拵えた。へらへら笑っていたら笑い事じゃあないと桂に後ろ頭を叩かれてしまった。 どうして笑い事じゃ済まされないのかと問いかけはしない。でも、徐々に戦力は減ってきてるものなあと意地悪い考えを浮かべたりはする。 今日も仲間は死んでいった。地獄絵図なんて戦のたびに日常茶飯事のよう。美しいはずの一閃に呆気なく殺されていくのを幾度も見た。苦しい。悲しい。これ以上そんな思いをせずに、先に逝けるほうが、楽なのか、幸せなのか、そうじゃないのか。 でも、どうせ死ぬなら銀時に花束を渡してからじゃなきゃ、死ねない。 「辰馬ー」 「おーう、どうした」 「どうしたじゃねーよ。また怪我したんだって?」 「たいしたもんじゃなかよ」 確かに包帯やら手拭いやら、治療道具(気休め程度)を両手に持っていた。どうも障子は蹴り開けられたらしい。相変わらず足癖がよろしくない。ほれ、と道具を差し出されたので、大人しく受けとると、銀時は後ろ手で障子を閉めた。 「ヅラが仏頂面、さらにしかめてたぜ」 「うん、わしもじきじきに叱られたきに」 「まあ、ヅラもそこそこ偉いところにいるからねえ」 まだ若いといえど、日に日に人数も減っていっているし、統治すべきは能力のある奴だ。それだけで言ったら、統治すべきは白夜叉殿なのかもしれないが、本人にその気は1ミリたりともなさげだった。 高杉も高杉で、勝手に小隊を率いているようだし、そのうち方向性の差で分裂するかもしれない。そうしたら、このどっちつかずはどうするんだろう。 「そんで、ちゃんとくっついたわけ?」 「うーん、痛くないしのう。動くし、大丈夫だと思っとるんやけど」 白い手が桶の中の手拭いを取り上げ、絞る。一応、治療とやらはしてくれるらしい。気休めだけどな、銀時も同じことを考えていたようで、なんとも言い難い表情のまま呟いた。 「人も減っちゅう」 「ああ、うん。よかったな、お仲間にならなくて」 軽口を言うなら笑ってごらんよ。そう思って、銀時の頬を摘まむ。白い頬には、うっすら消えぬ傷痕が見えた。無理矢理口角を上げてみたものの、効果は見受けられない。 いつのまに、こんな覇気を落っこどしたような瞳になってしまったのか。 「わしが死ぬときは、おんしに花束をやるん」 「花なんかより菓子がいーんだけど」 「そんなもんホイホイ手に入るわけないろ〜」 「花だって、どこに生えてんだよ」 ギリギリ鼻を摘ままれた。結構、力いっぱいって感じで。不意打ちに、その手をとった。赤い瞳がこちらを向く。うちひしがれることに慣れて、鍛えられた強固な瞳だ。昔の、幼さを残した輝きは一体いつなくしてしまったんだろう。 「なんだよ」 「花ならあるぜよ」 「どこに」 「わしの心の中!」 空いた手で叩かれた。攻撃力は桂より上だ。体格はいまだに辰馬のほうが上なのに、どこからこんな力が湧いて出るのだろう。出会った頃からの謎の1つだった。 「わしはおんしに笑ってほしい」 「……花より団子だけど、おれ」 「そんなん知っとるわ」 半分こできたらのう、と白い頭をグイグイ撫でる。こちらをチラリと見やった銀時は、笑うわけでもなく瞳を細め、口唇を開いた。 「じゃあ、おめーも死なねーようにすんだな」 「……素直に死んじゃヤダって、言ったらええんじゃなか?」 とうとうヘッドロックをされた。怪我人相手にひどいぜよ、とジタジタすると、舌打ちを残し解放してくれた。 笑わぬ銀時には、破れぬ忘れられぬ約束がある、らしい。キーワードは仲間を護る、という行為なんだろう。そういう、戦いっぷりだ。じゃあ辰馬ひとりが抜ければ重荷は減るのか。それとも辰馬も、その才能を伸ばせばいいのか。 「つーか、花とおれが笑うって、関係なくね?」 「馬っ鹿、大有りじゃ」 「ふうん」 なにかは問いかけてこなかった。死ぬ前に渡さないといけないけれど、今渡してみても、いらないと微笑まれてしまいそうだ。護ることの障害になるものは、なにもいらないと。 悲しいなあ。早く終わればいい。護る必要がなくなるように。これ以上、笑う才能をなくしてしまわぬ前に。 「おれは笑えなくとも、いんだよ」 これ以上、失わないなら。 たち消えるように呟かれる言葉の悲しさよ。辰馬の心情なんてお構いなし。だったら、せめて。その才能をわしに分けてくれよ。 そうして、いつか、花束にして渡してあげるから。 121208 |