拝落 | ナノ




(『事件』の続)



 おれはねこです。
 うまれた場所はしらない。おやのかおもしらない。おれがいる町は、そんなことしらなくてもいきていける。おやっておれより先にしぬものだろ? じゃあそんなものなくても平気だな、だってもうしんでるかもしれないんだし。
 おれがいっしょにいきる相手はもう決まってて、そんでもういっしょにいるから大丈夫。なにがあってもはなれないし、はなれたっておれならみつけられる。はんりょだからな!

 みゃあ。
「……どこにいってたの」

 しまった店のまえにたっていた彼女に、ただいま、と声をかけた。彼女はしろくてほっそい指でおれを抱きあげる。おれはまだちいさいから、彼女の腕のなかがちょうどいい。いつもちょっとつめたい肌と、くろぐろと風にゆれる髪。いいにおいがする。
 くわえてきたものを彼女にみせてやると、「あら」と声をあげる。おどろいたかな、きれいだろこれ。

「花ね」
 そう、そうなんだよ。
 みてみたいっていってたから。
「なんのお花かしら」
 おれもわかんない。しらべようぜ。
「私、花をみたのは、……みたのは」

 彼女はうつむいて、あおい目をほそめる。もうなくなった記憶をおもいかえそうとする。おれは彼女が花をみたこともあるって、しってる。さいきんこないうさんくさそうな男が、よくとこしえにわたしてた。とこしえは店のかいけいだいにのっけて、彼女にもよくみせていた。
 でもそんなのは、ぜんぶきのうよりむかしのはなしだ。
 きょうのおまえにはかんけいない。きょうのおまえははじめて花をみるんだよ。

 みゃあ。

「……たぶん、はじめてね」
 みゃあ。

 それでいいんだよ。

「花をみせてって、言ったかしら、私」
 それはいったぞ! そこはおぼえててくれ。
「青い小花と、白い大輪の」
 にあうとおもって、おまえに。
「これ、髪飾りなのね」
 つけてほしくって!
「服にも留められるのね。便利な花もあるものだわ」
 どこにつけてもにあうとおもう! おれのはんりょだから。

 花のなまえをしらべましょう、とおれをだいたまま扉をあける。彼女のものでないにんげんのこえがしたので、おれはちらりとそちらをみた。この花をおいてた店にいたおんなが、ぼうっとそこにたっていた。なにかいいたそうにしていたけど、これはおれがはんりょにあげたから返さないぞ。
「……どうしたの」
 おれがそっぽをむいていたことにきづいて、彼女もそちらをむく。おんなはびくっと肩をうごかして、にげるようにはしってった。なんでにげたんだ、なんにもこわくないぞ、おれのはんりょ。
 彼女も首をかしげたけど、とくにきにせず扉のうちがわにはいる。鍵をしめて、なかの階段をのぼってく。のぼったさきにもいっこ扉、そのさきがおれたちのおへや。

 とこしえはどっかにいっちゃった。
 だからいまは、おれとはんりょのふたりでくらしてる。
 まだとこしえがいると思ってるのかしらないけど、とこしえと仲のよかったやつらがよくやさいとか米とかめんをおいてく。ごはんにはこまってない。それいがいにも色々おいていかれる、いきていくのにはこまってない。
 はんりょのからだがちょっとずつ脆くなっていくのを、どうにかできるやつだけいないけど。
 おれがいるから、大丈夫。



「勿忘草と、月下美人」
 ひろげた花の本をゆびさして、そういった。あおいほうがわすれなぐさ、しろいほうがげっかびじん。おれおぼえた!
 これ、まいにちもってってつけてもらおう、忘れてももってけばつけてくれるだろうからそうしよう。おまもりみたいにつけてもらおう。
「私を忘れないで。……花には名前だけじゃなく言葉もついてるのね」
 おれからはんりょにぴったりのことばだな。
 彼女のひざはあったかくて、うれしいのもあってかねむたくなってきた。「眠たいの?」そうなんだよ、とへんじをする。あくびの涙でにじんだ視界のまんなか、彼女がちょっとだけわらった。

「私も一緒にねるわ」
 しってるぞ。
 おれたちなんでも、ずっといっしょだもんな。



20170121



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