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 自分の恋が相手の肌に触れるのは、毒を塗りたくったナイフを首にあてるのに近い。
 だから時間が解毒してくれるのを待っている。

「黒崎さんは、さー」
「うん」
「音宮さんと、ラバーズなんしょ」
「……まあ、そうだね?」

 静かな顔をして、何でもないよって口振りで、悲壮を誤魔化せる程度、賢い。ここで出逢う人達は。そんで、誤魔化した悲壮を発見されたら弱くなる程度、脆い。日野っちは三橋さんとクレープ食べに行った。ウィズ神代。ちょううらやましい俺もウィズしたい。
 空気がプレスされたみたいに薄く感じる昼間。困ったみたいに柔らかに笑うこの歳上男子と、ゆるゆるスマイルあの子の組み合わせは、お似合いなんだけどどっかちぐはぐで、淋しい。ロンリネスパート。

「音宮さんと黒崎さん、似合いですもんね。うらやましーなー」
「羨ましい、って?」
「恋人。いたら世界観違うだろなー、って」ワールドサイト?
「湯島もそう思うんだね」
「たまには! ほんとたまに、サムタイムズっすけど」

 俺は本が好きでつんつくつんつくつんつくつんの女の子が好みなんだけど、顔とか歳とか選ばないし叶多より全然我が儘言ってないんだけど、ノットイケメンだとやっぱモテないみたいで。財布も薄いし。
 俺的に、えっちは結婚までしちゃ駄目だし、ちゅーも付き合って1年まではしちゃ駄目なんだけど。俺的にそれ破るのはハレンチマジ死刑なんだけど。目の前の彼もあの子もそれを易々とこなして、え、あ、そういやそうだ。やべーハレンチじゃん。

 俺のアホ安い恋愛願望に、黒崎さんは「そうなんだね」とか、朗らかに笑う。いつもそんな顔してりゃいいのに、九条さんが来たら切ない顔をするし、音宮さんが来たら申し訳なさそうに、笑みが静かになる。それで人生いいとか思ってんのが、全然、やだ。
 誤魔化しも隠し事も上手じゃないセンパイの笑顔は、寂しげに見える。彼はちゃんと朗らかに笑えるのに、なんでそんな顔。って、俺は思っちゃう。不器用でおバカだけど俺より賢い幼なじみ二人を思い出してしまう。なんでなんで。

(付き合って、楽になった?)とか、

 赤の他人も部外者も、誰だって、そういう刺々したワードをぶつける資格がないこたない。なんせ、口が開くんだし。声が出るんだし。俺だって言えちゃうのだ、そんな偉そうなことを、もしかしたら、この呼吸にのせて。
 黒崎さんの瞳が、緩く柔らかな線を描いている。あたたかいスマイル。それでも空気が重たいのは、全然、俺の心臓が不必要に重いから。知らないことも聞いてないことも、知らなくていいことも聞きたくないことも、勝手に考えて、自分の脳に吐き気がしてしまうからだ。うげろん。

「湯島は?」
「なんすか」
「三橋さんと仲いいけど」
「まさか! 三橋さんと俺じゃ無理です」

 接吻も性交も手繋ぎすら、出来そうにない出来ると思えない。三橋さんが大ライク大ヘイトの話じゃない、話じゃない。彼女の貞操観念とかそういう話じゃない。
 俺が恋愛が怖いなんて話ではない。
 自分に吐き気がしてる。
 本当に、それだけとも、言う。

「……湯島?」

 黒崎さんが俺を見据える。
 目の前の彼はあのガールと付き合って、そう、キスもセックスもラブラブもしちゃって、して、俺はそんなの見たことないけど勿論真面目なカップルだから見せたりしないんだろうけど。でも付き合っていて。彼が彼女に向ける視線はまるで神様を見るみたいで。俺は俺の哲学でそれがこわくなる。

 誰かの代替?
 あなたの神様?
 みんなの母親?
 なんでもいいよ。俺にとってのそれらはあの子じゃない。誰でもない。誰でもなくあってほしい。これからも。
 神様と付き合えるマイワールドがあってたまるかよ。

「信者なのに、恋人なんて、有り得ますかね」
「……どうだろうね」
「俺は有り得ないと思っちゃうから、有り得ないと思うんです」
「湯島がそう思うなら、それもいいと思うよ」
「……そっすか」

 善くない癖に。
 好くない癖に。

 俺の恋、毒を塗りたくったナイフのせいで、神様の肺が腐って地獄に落ちる。そのイメージがずっと、頭の中に生きてる。誰かの神様じゃなくてみんなの神様を眺めてバカに笑っていたい。あなたと俺は同じように信仰の沼にはまりやすいのだろうけど、俺は自分が恋して所有してしまったひとを神様とは呼べない。
 あなたはそういう俺の意固地な思想すら曖昧に笑って受け流すのだ、きっと。彼のナイフが彼女の致命傷にならなかったのは、ならなかったのは。(恋じゃない、から)なんて、嫌になるワールドだな。



『祈幸か雪柳とのコラボ』
/dear 未里様
/from 彼住遠子(慰涙)
/20140506



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