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 よく笑うひとだな、と思った。みえないんだけど。横の少女もよく笑う。聞こえないんだけど。横の紳士は、あまり笑わない。おだやかだけど、それ以上に静かなので仕方ない。不愉快でもなさそうに、愉快でもなさそうな表情をしている。
 あれがポラリスだよ、と言う。北の夜空を指差して。わたしは裸眼でポラリスをみつけられないから、眼鏡をかけている。少女はたのしそうにスケッチブックを開いて、綴る。『北きょく星?』やわらかい文字に微笑んで、うなずく。
「詳しいもんだね」
「星ですか?」
 横槍をいれてきた虚空の男に、眼鏡をはずしながら尋ねると、そう、と笑った。声だけが笑う。わたしの隣で、少女が姿だけ笑む。『花にもくわしいです』おだやかな文字が語る。こんなにベランダに押し寄せたら狭い。
 秋の夜は寒い。まだ10月なのに息が白い。真冬は極寒なんじゃないかとばかなことを思う。真冬になったら、10月はあたたかかったのになと寒さに震えているだろう。でも耐えられるしなんてこともないだろう。知っている。寒さは慣れる。

「セレスタちゃん、寒くない?」
『かしてもらったブランケット、あたたかいです へいき』
「女の子は肩も脚もおなかも冷やしたらだめだよ。かわいいんだし」
「男はいいんだ? おれや帆来くんは?」
「コンポタ飲みましょう」
『あおいちゃん、さむくない?』
「わたしは平気。寒さに強いの」

 葵はセレスタに対してほんとに甘い顔をするね、と虚空が語る。声だけが浮かんで、鼓膜をはねて足元に落ちる。「かわいいひとにはやさしくします」あと、だめなひとにも。ザムザさんはだめからはかけ離れたようなひとだ。透けてることだけが、ひたすらだめだけど。だめなひとじゃない。
 春のはじまりの、キルタンサスの匂い、がする。セレスタちゃんからだろう。ザムザさんはいつも、無臭に程近い。わたしは自分の匂いがよくわからない。花とも星とも思えない。セレスタちゃんからは女の子のやわらかな匂いがする。
 キルタンサスの絵を簡単に描いてみせると、彼女は『かわいい』と喜んだ。いまの時期に咲くから今度見に行こうと言ったら、うれしそうにうなずいた。恥ずかしがりやの花言葉がある花は、春にも秋にも咲く。甘い香りがする。少女のような。

「葵も冷やしたらダメでしょ。女の子なんだから」
「はあ。女の子。……はあ」
「おれからしたら同じだよ。セレスタのほうが葵より少し年下ってだけで、二人ともおれより年下なんだから」
「まぁ、そうですね。ただむず痒い感じはします」
「扱いに慣れない?」
「どうなんでしょう」

 自分でもよくわからない感覚に、苦笑いする。セレスタちゃんが『あおいちゃんもひやさない』とスケッチブックに書き込み、わたしが貸したブランケットの片端をわたしに寄越す。『はんぶんこ』断るのも失礼だし、受けとる。ちいさな布は、無駄にあたたかい。
 冬に近い夜。空。シリウスやベテルギウスが遠くにみえる。裸眼でも冬の星はわかる。冬の大三角とリゲルをあわせた4つは、配置がわかりやすい。ベテルギウスとリゲルを含むオリオン座が、目立つ形なのもある。あの4つはどれも一等星以上で、とくに明るい。だから余計に。
 背後から静かな声がする。

「皆さんで何をされているんですか」

 振り向く。帆来さんだった。まだお風呂前で、しっかりと白黒の服を着ている。きれいな七三。さっきまで食器を洗っていた。
「星を見てたんだよ」
「星、ですか」
「そう」
『北きょく星のばしょ おそわりました』
 そうですか、とつぶやく。平坦なだけでつめたさはない。吉祥草の匂いがふわふわしている。おだやかな眼差しはともすれば暗いようにみえるかもしれない。静謐なひと。
 高校での知り合いにこういうひとはいなかったな。なんだか騒がしいロリコンとかカタカナ男子とかくずだった。豆腐とか。ろくなもんじゃねえなわたしの人生。19年も生きたのにこれか。いや、まだ19年か、ザムザさんに言わせれば。

 夜も、ふけた。
 そろそろ、帰らないと。
 べつに帰りたい場所も、ないんだけど。どこかにまた帰らないと。

 横に虚空が居る。ただの虚空ではなくてそこに男がいる。だめでない男。無臭に近い。笑っている。わたしは自分の下腹部を撫でる。食べた夕飯がたまっている。「おなかがすいた?」「そんなにがっついてません」成長期も思春期も過ぎて、多少、本当に多少、食欲はおだやかになった。
 19年、生きて、恋もしたことないのに透明人間と出逢った。かわいいセーラー服の女の子と喪服の七三青年とも出逢った。わたしはとくになにか変わったつもりもなく、毎日腹が減り毎日眠たくなる。
 誰が望んでいなくても、適当に生きてたらおなかがすいた。

 セレスタちゃんが空を見上げる。微笑みながら、書く。

『ポラリス。きれい』
「……ポラリス?」
「北極星。さっきセレスタが言ってたでしょ」
「北極星は別名なんです。あの星はポラリスが本名なんですよ」
「……そうなんですか」

 本名。
 ザムザさんやセレスタちゃんの名前と、帆来さんの名前と、わたしの名前。呼称に足りれば本名になってしまうだろう。北極星をポラリスと呼ばれて首を傾げるひとは、なんら間違っていない。あぁ、まぁ、そういや水屑くんは北極星も知らなかったけど。

「寒いね、しかし」
「冬が近いです」
『冬のお花』
「シクラメンとか、椿とか、……ザムザさん似合いそうですね。赤い花」
『わかります にあいそう』

 イケメンらしいし。
 雰囲気が似合いそう。みえないんだけど。



『星花慰+これものコラボ』
/dear 山川様
/from 彼住遠子(慰涙)
/20131014



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