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誘拐犯の独白




 少女を殴った理由を説明するのは難しい。
 俺は駄目だ。何が出来ないとか下手だとかそういうのではなく、ただ単に駄目だ。人間として生まれたからには、生きるからには必要なものが無い。意味をつける頭、価値を考える日、理由のある行動。
 目の前で小さな手に不釣り合いなでかい鋏を扱う彼女のほうが、余程人間として出来ている。白い紙を細かく折り畳んで適当な切り取りを入れると、レース模様のようになるのだと。切り離した紙の残骸が、花片めいた動きで彼女の膝に落ちていく。

「みて! きれいでしょ」

 言いながら自信満々にB5のコピー用紙を開いて、いくつか切り離しきれていない模様の部分に気づく。「しまった」と言いたげな顔で、一点でつながった紙をぷちぷち摘まんでいく。
 規則性のない模様が、なるほど確かにレース模様のように並んでいる。俺は服飾にとんと興味が無いので、素直にレースのようだとそれを褒める。褒められればこの子供は嬉しそうに笑うが、それと同時に彼女のほうがレースのついた服などを好むからか、粗がよくわかるらしい。
「ほんものみたいにはならないなあ」とつぶやく。

 箱庭のよう、と言うには狭くて仮もいいとこな部屋。
 転がってから大した日数経っていないのに、もう煙草の匂いが壁紙に染みついてきている。

「おにいさん、あのね、おねえちゃんなぐっちゃだめだよ」
「……悪い」

 あれ以来、口癖のように責められれば流石に謝罪も口から出る。

「わたしにあやまるんじゃないでしょ、もー」

 成人の半分にやっとこさ辿り着いたとは思えない、お姉さんぶった言葉だ。まぁ年相応の子供ではない。並の人間の一生分は傷を付けられていそうな身体で思うことは、大抵の同年代と噛み合わないだろう。
 膝元に落ちている紙屑を拾いながら、微笑む彼女に子供らしいことを求めた記憶があったか? 自信は無い。

「わたしがいるんだから」

 彼女の言葉は、無意味に母か恋人のようだ。
 誰にでもそうだ。俺だから特別にそうなのではない。持っている性質として、彼女はそうなのだ。俺が元来、どうしたって、どうしようもない人間であるように。

 彼女を攫うとき、何処にでも連れていく、と言ったのは俺だ。
 そしてそれに意味を持たせたのは彼女だ。俺が懇願するように発した、理由の無い誘いに最悪の価値を持たせた。悪人は俺だ。

「だいじょうぶ。わたしがいるからね」

 泣いた子をあやすように、彼女は微笑む。
 俺は彼女の白い手がかき集めるレースもどきの破片を、じっと眺めていた。
 机の上には幼子の喉くらい容易く裂けそうな鋏と、いびつなレース模様の白紙がある。



20171019



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