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 真夜中3時、コンビニへ走った。消毒液と絆創膏と包帯とガーゼと、テープ。白い気休めを抱えて、あと、焼きプリンを取った。帰ったらあげよう。多分まだ意識は戻ってない。戻ってないと思う。意識が戻ってたら今度こそ何処かに行かれてしまうかもしれない。早く帰ろう。早く。
 レジに並べた品物のバーコードを読みながら、店員は俺の事なんかまるで見なかった。見なくていいから早くしろよ「1324円です」財布から手早く2000円を出して、釣り銭はジーンズのポケットに入れた。
 ばたばたと店を出ると、吸い込む空気が途端に冷えて咳き込んだ。冬の空気は無味で綺麗だけど、たまに痛い。
 コートのポケットで携帯が震えた。確認するのも面倒ででももしアークだったら目覚めて自宅からかけてるんだったら今度こそお別れするつもりで連絡してるなら無視なんてしちゃいけない出来ない、出来なくて、引っ張り出したらディスプレイに二文字が光っていてコンタクトを忘れた視界じゃ判別出来なくてぞっとしてボタンを押した。

『あ、くろー?』
「……梨紅?」
『うんうんそう、わたしー。黒いまどこ? ライン何回も飛ばしたんだよー?』
「ご、めん、見てない」
『もー、いい加減ガラケーやめなよ。ただでさえ黒はのんびりさんなんだからさー』

 朗らかな声がころころと、耳に跳ねる。内容が頭に入らない。『いま外かな?』走りながら聞く梨紅の声はいつまでも楽しそうで、どうせ全部わかってるくせに絶対に俺を責めなかった。『アークくん大丈夫?』知らないいまから帰るからもし居なかったらどうしようもし居なかったら、今度こそ嫌われたかもしれない。『黒はおばかさんだなー』だって怖いだって嫌だ何処かに行かれるまた寂しくなる。『わたしなら離れないのにさー』梨紅だってわかるよ殴られたらみんな俺のこと嫌いになるんだよ。『そっかあ』死にたいアークがいなかったらどうしようアークがいなかったらどうしようアークが死んでしまったらどうしよう、死にたい、死にたい、死にたい梨紅どうしよう。『えー、知らないよー。黒は怪我してないし大丈夫でしょ?』いやだ死にたい怖い、こわい。

 馬鹿みたいに走ったから、家に着く頃には焼きプリンはぐちゃぐちゃになってしまった。

「くろ」
「アーク」
「おかえり、なさい、くろ」
「アーク、手当て」
「大丈夫だから、来て、くろ」
「アーク」
「来てよ」

 口の端が切れていて、服の裾から痣が見え隠れする痛ましい姿の少年。見下ろすと小さくてぼろぼろで、こんな状態で出ていける訳もないんじゃないかってでも、誰かが助けに来たらおしまいなんじゃないかって、いなくなるんじゃないかって、誰も来てほしくなくてみんな怖くて梨紅も怖くてみんな怖い俺のこと責めるから怖い。死にたい。
 抱き締めたらアークの身体は細くて、嫌でも服の下にのたうつ痣のことを考えた。そんなに力のない男である俺だって、少し頑張れば簡単に砕けそうだ。骨とか腕とか、心臓とか。
「くろ、なんか冷たいね」
「あ、……ごめん、なさい、コンビニ行ってた。手当て」
「うん、する」
「ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
 わからないけど。

 コンビニの袋から消毒液を出して、綿棒やガーゼで傷口に触れる。アークはみすぼらしい姿の焼きプリンを見て、凄く嬉しそうに笑ってあっためてきてよと言った。俺は頷いた。なにを言おうとしても口からは安い謝罪しか出ないから、手当ての最中もレンジを動かすときも、黙っていた。
 ぼんやりする。思考。俺はいつかアークを殺してしまうかもしれない。いや、きっとこのままじゃ殺してしまう。
 殴らないでいられたらと思って毎日唇を噛んで寝るのに、朝起きたらまた変わらなくてアークのことを殴ってる。俺の手首には横線が増えていくけど、手当てもかったるくて放置するとすぐに膿む。その浅い傷が腐って俺を殺してくれたらいい。本当に、誰か殺してくれないかな。

「くろ、」
「……うん」
「ぼくは幸せだよ」
「……駄目だって」
「ぼくは、幸せだよ。くろがいてくれる」
「駄目、なんだって」

 息が苦しくなる。まばたきしたら涙がこぼれた。「泣いてるの?」「わかんない」泣いていいのは俺じゃない。アークは笑って白まみれになっていく。自分の手にはアークを殴った感触もアークの首を絞めた感触も、いま巻いている包帯の感触も、ずっと残っている。こわい。なにが怖いのかよくわからない。全部怖い。アークが立ち上がろうとした。逃げられると思って頬を叩いた。(レンジが音をたててたことに俺は気づいてなかった)アークは笑っていた。



『ろりあーDV』
/dear 伽様
/from 彼住遠子(慰涙)
/20131229



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