星花慰 | ナノ


(三橋葵性転換/葵という名前の姉弟)



 散らない花が姉だった。

「まだ買えそう。よかったね」

 日傘を閉じながら、姉は微笑んでチケット売り場の画面を見上げた。今から一番近い時間のチケットはなんとか得られるだろう。平日の昼から制服を捨てて、こんなところに来ているのにさすが金曜日。不真面目の常識では金曜日なんてほぼ休みだ。あちらこちらに俺達と同い年くらいの少年少女がいる。
 指先で前髪をはらう姉に声をかけ、俺は列に並ぶ。プラネタリウムが好きな彼女にしては珍しく、落ち着いた様子で隅のほうへ歩いていった。悪目立ちを嫌うのは姉弟揃ってだ。大きなつばの麦わら帽子はまだ早いと、言わなければよかったかもしれない。こんなに人がいるなら。
 チケットを2枚買う間、俺の後ろに並んでいた女の子ふたりが手を口元に添えて話していた。その手のひら何のつもりだよってくらい声がでかいもんだから、はっきり聞こえてる。姉はさっきの場所から動かず、腕時計を確認していた。時計盤を見下ろす瞳の周り、嫌な花が咲いている。

「葵、買えたよ」

 顔を上げて幸せそうに笑う、このひとを守ってくれる人間はこの世のどこにもいない。情けなくも俺は守られる側だ。
 人が声を潜めた振りで語るのは、彼女がどう歩いても見える簡単な花のことだ。守られる側は守る側がどれだけ傷ついてしまうかを知っている。一番近くで見ている。守る側がもう痛みを感じないとしても俺は彼女がどこをどうされるのか、見ている。
 心が痛いからおあいことは言わない。自分勝手が過ぎる。

「まだ時間あるね。ごはんにしましょ」
「えぇ、食べてきただろ?」
「じゃあ、はやめのおやつにしましょ」

 俺の手をとり、科学館横のカフェに向かって歩き出す。「今月はお星様のパフェなんだってえ」歌うようにごきげんな声。彼女は一秒も守る側を離れないけど、いつだって爛漫に笑う。俺がそれを見て何も言えなくなるとか、そういう哀しい計算はない。心から気にしていなくて、心から笑っている。
 じゃあ、俺が出来ることは本当になんにもない。
 カフェはあちこちで花が咲くような浮かれっぷり。――思ったより誰もわたしたちのことなんてみてないし、かんたんに忘れちゃうの。いつか彼女が話していた学校の廊下の奥は、雪の降る音も聞こえそうにしんとしていた。赤黒い花は今と同じ場所に咲いてた。右目の。まわり。

 散らないそれは花だった。
 守られている。明日もきっと守られ続ける。
 おなじ名前のねえさん。あなたの花を枯らせないこと、悪いと思ってるんだよ。


『三橋葵さんは町中が浮かれているような金曜日、プラネタリウムのある科学館できみが右目の周りに痣をこしらえて来たことの話をしてください。』

#さみしいなにかをかく
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20170406



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