星花慰 | ナノ


01:10年来の足跡
 ぱん、と音がした。
 水屑って奴はけっこーなサディストで、叶多の泣き顔を見てにこにこしちゃう割かしキモいとこがある。ある、けど、喧嘩したときに相手を殴るのは大抵、大体、叶多だった。

「水屑のばかやろう」
「……うっせ。つか痛い」
「あのさあ、なんでさあ」

 殴った叶多のほうが泣き出す。いつも。俺は「あーあー水屑ってばヒールなんだからー」とか、笑う。いつも。水屑はちょっと赤くなった頬をさすって、「金持ちならプリンくらい譲ったっていいだろ」って、そういうクエスチョンインポッシボウじゃないのさ。多分。
 俺達のこんな、いつもの話を楽しんだり悲しんだり喜んだりしてくれる誰か、どなたさん、そんなもんはきっと居ないんだけど。
 居ないんだけど、これも、幸せでした。



02:17年来の罅
「なんでお前が来るんだ」

 弓道部の部長も副部長も欠席なんて聞いてない、と灰がぼやいた。灰のことだし、部長副部長が部活には出ていることも、どうせ把握している。校内に監視カメラでもつけてるんじゃないのか、この従兄弟。

「元々、些か怠惰な人達ですから。すみません」
「お前が謝る話でもないだろう」
「灰は、学校でも僕の顔を見たいわけではないでしょう」
「……普段会うことが無いから驚いただけだ」

 提出した書類を見て、問題はないと一言。許可印。灰は頑なに此方を見ない。いつもより一層こちらを見ないから、珍しいなと思っていたら、窓に映る自分を見つけた。
 ……あぁ。
 合点がいった僕に、灰が「眼鏡は」と呟いた。

「部活中はコンタクトなんですよ」

 灰の瞳が曇る。
 誰も見ちゃいない、わけでもないな。灰は人気者だし。僕みたいなスクールカースト中下層の人間と瓜二つだなんて、嫌か。それもそうか。
 それきり灰はなにも言わなかった。僕もなにも言わなかった。話すことなんてなかった。



03:4年来の名前
「葵」
 世界で一番簡単なみっつの音をあわせれば、彼女の名前になる。夏に咲く、素朴な花の名前でもある。彼女のからだと人生とこころをぶん殴って縛りつけて離してくれない簡単な3文字。

「なに」
「もう三橋葵だね、すっかり」
「4年目だから。使いはじめたころはへんな感じしてたよ」

 保護者のサインが必要な書類というものを、彼女は親に頼めない。「修学旅行どこだって?」「予定だと長崎のほう。いくなら北海道がいいんだけど」
「生徒は選べないからね」「ね」
 親が両方生きてるのに俺なんかが保護者面していいのかと思うもんだが、まぁ、受験費用や制服代で保護者の権利を買い取ったと考えれば。無問題だ。学校にはうまく言っているようだし。

「寿賀、是枝、三橋」
「どの名字が好きだった?」
「漢字のきれいさなら是枝がいいけど、総合のかっこよさなら寿賀」
「どの自分が好き?」

 言いながら書いていたせいか、もう34年使っている自分の名前を書き間違えた。思わず変な声が出る。「え、だいじょうぶ?」「平気平気、二重線引けばいいから」地味なダメージに弱い心をしてる俺が悪いから。
 葵が淹れてくれたコーヒーを一口、目の前の姪っ子もカルピスを一口。一瞬の空白。静寂。呼吸の間。

「さっきの」
「うん」
「いまの自分がいちばんすきだよ」

 俺なら答えに詰まりそうな問いも、こんな風に言いきってしまうから、彼女にはほんと敵わない。このまぶしさにすがってしまう人がいるらしいのも、情けないことにわかってしまいそうだ。叔父ながら天晴れ。





01 水屑と叶多と祈幸
02 灰と和
03 葵と文月


20151011



星花慰 top



Copyright © 2009-2018 Tohko KASUMI All Rights Reserved.

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -