夢みるアリストクラシーの | ナノ


 わたしはアリス。ファミリーネームはロイルよ。
 ごく平凡なアーサー少年がアーサー王伝説の演劇で主役をはるように、わたしも何が何だかわからないまま、なんやかんやとアリスになった。ギネスに載せるべき美少女を追いかけてまぶしい光に包まれ、次の瞬間見知らぬ原っぱ! お姉ちゃんの傘と双眼鏡! ごめんなさい!
 まぁ、そう。不満はないのだけどね。こんなにも予想が出来なくてしかも理解の範疇をこえていること、楽しそうが過ぎるし、それに――


「ようこそアリス。あらためてご挨拶させてください。私は――、」
「しろ! わたし着替えたのよ! 似合うかしら。」
「――は、はい。とっても似合っています。」

 たんぽぽの綿毛よりもふわっふわに微笑んだしろ、やっぱり世界を救うか壊すかしか出来ないほどかわいいわ……。破壊と救済を内包してしまっている……。「さっきは言えなかったけど、しろもそのお洋服、すっごくかわいいわ! 愛くるしすぎて妖精さんかお姫様よ。」「そ、そんなことはないですけど。」眉を下げて両手を振る姿すら1000カラットのダイヤに勝つわよこれは……宝石商を呼んだほうがいいわ……しかし一介の宝石商にしろの価値がわかるかしら!? そんな輩に値踏みされるような美少女ではないのよしろは。ううんかわいい。
 着替えたばかりの水色のスカートがちょっと重たいけれど、動いてるうちにわたしの身体に慣れてくれるでしょう! 豪華絢爛というよりはちょっとメルヘンなデザインのお洋服、お気に入りは胸元の黒いリボンね。黒いネクタイをしてるしろと並んで、ちょうどいい見た目だと嬉しいわ。
 さっきまではぼさぼさの髪をなびかせていた風も、意味がわからない場所でどきどきしながら歩いた道も、穏やかにかつ晴れやかに歩けるわ! お茶会の区画までしろがすっとんできたのは驚いたけど、わたしのために……と思うともうそれだけで召されない? 召されるわよね? お迎えが早いし小刻み過ぎて幸せなくらいだわ……。楽園はここにあったのよ。

「しろはわたしと一緒にいてくれるの?」
「はい。やってきた方の案内をするのが私なので、まずは私と一緒に学園内をまわっていただきます。」
「それはいいわ! デートね! くぅぅアガってきたわ!」
「でーと。」

 柔らかそうな唇をまめつぶほどに開いて、彼女はわたしをきょとんと見上げる。アメジストの瞳と視線がぶつかる。
「……。」
 無言の一瞬を挟んで、あぁ思ったより小柄だわ、なんて。わたしの身長でも見下ろすような形になるんだわ、睫毛も髪の毛と同じプラチナみたいな白色なのね、なんて。壊れかけのボイラーなんて比べものにならないほど冷静でなんていられないのに、やたらと穏やかなことを考える。
 じっと見上げられるだけで心臓が踊り狂ってしまって、よくないわ。本調子のわたしはもっとすごいのに。全然カッコがつかない。
 友達になりましょうって、言い忘れちゃったことも今思い出した。

「……デート、はじめてです。」

 しろは少し首をかしげて、ふふ、と笑う。ささやきみたいな声で。
 笑うときの彼女はちょっと遠慮がちで、他のときよりもささやかな印象を受ける。だけれどわたしの心臓への破壊力はとんでもない。

 ――こ、これは友達ではなく。
 恋人になるべきなんじゃないかしら(この胸のときめきをふまえて)。

 いや、でもここで告白するのは生き急ぎすぎだし、しろのどこが好きなのかと言われたときに笑顔、顔、声、目……って全部容姿とかになっちゃうわ。もはやこれだけの美少女が爆裂性悪なわけ絶っっっ対にないけど、愛は一朝一夕にしてならず。思い出と触れあいが二人の愛を深めるのよアリス……軽率に連絡先を聞く奴は嫌われるのよ……わたしフェイスブックやっていないし……。
 あと単純にしろはまだまだわたしを友達だと思ってるだろうし。
 友達だとは思ってるわよねきっと、思ってて欲しいわ、思わせてみせる!

「じゃあ、しろがエスコートしてちょうだい。案内してくれるんでしょう? いきなりとびっきり豪華なデートだわ!」
「わ、私はサプライズが苦手なので、デートっぽくはならないかもしれないです。」
「友達同士でなかよく歩けばそれだけで最高よ! こんなにかわいいしろが横にいるんだもの、世界一のデートだわ。」
「そんな。アリスだって、とってもかわいいです。アリスの笑顔はすごく魅力的で素敵です。だから友達と言ってもらえるのは、その……本当にうれしい、です。」

 いきましょう、アリス。

 手を差し伸べる彼女の髪が、向こうからの陽射しに照らされてよく見えない。彼女からしたらわたしの間抜け面はよく見えたのかしら。
 かわいいって言葉を使ってるところすらかわいいなんて、卑怯だわ。

 そしてさりげなく友達認定ゲットよ! おめでとうわたし!

 ◇

「お茶会の区画は案内されましたか?」
「えぇ、軽くね。眠りネズミから。」
「帽子屋とは……逢いましたよね。お茶会の区画ですし。」
「えぇ。しろが言うほど脳みそメロンパンには見えなかったけれど。」
「私は個人的に苦手なんです、あのひと。苦手、ううん、嫌い……いろいろあってあまり好きではなくて。ピューレ入りのメロンパンは基本的に好物なのですけど、あれは腐敗したピューレ入りの腐敗したメロンパンだとしか思えないのです。」
「複雑なのね。詮索はしないけど、それが原因でわたしに逢いに来てくれないのは寂しいわ。わたしお茶会のアリスだし。」
「そ、それはないです。アリスの行く先にいるのが私ですし、それはつまりアリスのいるところにいるのが私、ということですから。」
「それはもう一心同体じゃない……幸せすぎて泣けちゃうわ……。」
「いえ、そうではないですね。」

 この銀河系を統べるほどの美少女、切るときはばっさり切ってくる。たまらなく痺れるわ……そういうところも好きよ!
 お茶会の区画を離れて、雑多な森の中を歩く。あまり整理されていない、木々が斜めになったり倒れていたりするワイルドな景色の中を、しろは難なく進んでいく。わたしはしろのおしりのあたりの膨らみ(尻尾だと思うのだけどまるっと不自然に上着の布が盛り上がってるの、なんかいいわね……。)をじっくり眺め、たまに足元に気をつけながらついていく。
 さっき着始めたばかりの「アリス専用のお洋服」とやら、不思議なほどわたしの身体にぴったりなのはいいけど、布が多くてあちこち飛び出した木の枝にひっかかりそう。しろも決してシャープなラインのお洋服というわけではなく、とくに上着は大袈裟なほどのAラインを描いているのに、なんてことはなく歩いている。すごいわあ。

「どこへ行くの?」
「公爵家の区画です。アリスを紹介したいので」
「あら、わたしはここで人気者になる予定なのかしら。」
「えぇ、ぜひなってください。みんなアリスに逢いたがっていると思います。」
「す、すでに人気者なのね!? 驚いたわ。」
「これからもっと人気を高めてください。公爵夫人とチェシャ猫は、役職者のなかでも非常に話がしやすいです。親睦を深める相手としておすすめです。紅茶のスコーンに勝るとも劣らないです。」
「ふうん。」

 お茶会の区画は紹介を受けたそうなので、私からはある程度省略しますね、と、しゃべりながら目の前をふさぐように積み重なった枝を、ばきばき折り倒して進んでいく。枯れ枝とはいえあんなに横倒しが重なっていたら、そんな簡単に折れはしないんじゃないかしら……しろは力持ちなのね。
 全部は折りきれないのかしろは難なくそれを飛び越えて、危ないですから、とわたしに手を差し伸べる。触れるとすこしひんやりしたすべすべの……すべすべの手……美少女の肌だわ……。

「あちらのほうに、猫耳のような突起がついた紫の屋根が見えますか?」

 枝の山をまたいでからもしばししろの手を見ていたわたしも、その声で顔をあげる。
 豊かな緑を揺らす木々の奥、確かにそれらしいものがある。耳のような突起、としろは言うけど、見た感じ本当に耳だわ。猫耳だわ。

「あれが公爵家の区画です。」

 いきましょう、と彼女は上着の裾を揺らしながら歩き出す。
 慌てて追いかける。ここはわたしが思っていたよりもずっと、何もかもが新鮮だ。予想通りにいくことなんて全然ない。
 楽しすぎてよくないくらいに、予想外だわ!




20170629



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