夢みるアリストクラシーの | ナノ


 曇り空っていうのは本当にどっち付かず。雨を降らして落ち込んだかと思ったら、晴れ間をちらりと見せて笑っている。そんな起伏の激しさ、ついていけそうにない。だから曇りの日は、絶対に機嫌の変わらない自室のライトに照らされて過ごす。
 ただでさえ曇天の日に、朝ごはんからお昼ごはんを食べるまでの時間をもて余すなんて最高に退屈だ。読書はそんなに好きじゃない、ぬいぐるみを戦わせて遊ぶのも30分で厭きた。裁縫やお絵描きっていうのもあんまり。楽しいことはいっぱいあるけど、やりたいことはそんなにない。だから自分で手を伸ばしてやれることも、そんなにない。
 窓を開けたらそこに素敵な騎士さんが立っていて、わたしを違う世界に連れてってくれる――わけでもないわ。ちょっとは夢をみちゃうけど、思ったより空想って現実にならない。
 水色のカーテンをそっと引っ張れば、僅かに濡れた窓ガラスの向こうに慣れた街並みと灰空。時折可愛げも洒落もない色の傘が、見下ろす道をくるくると歩く。また雨が降りだしたのね。早く止んで虹がでないかな。交通事故が目の前で起こればいいなんて残酷な期待はしないけど、雨上がりの虹とか運命的な出逢いとか、そういうのはまだまだしっかり憧れるし待ち望んでいる。良いことほど、待ってる人にしか来ないものでしょうきっと。
 レンガ造りの家が雨に濡れていつもより色を濃くしている、灰色の天井と相まって、町の色は暗く沈んでいる。人通りも多くない。進んでいく花々たちの事情を考えてみたりする。水玉の小ぶりな花と真っ赤な花が寄り添っているのは、親子かしら。

「……あら、あの子。」

 道をパタパタと駆けていく姿。傘をさしていない。気になって(この間お姉ちゃんのものを拝借したのよ。)オペラグラスで覗いてみる。豪華なお洋服、真っ白な髪。短いスカートからのぞく脚がかわいいわ。たぶん女の子ね。
 ぴこぴこ揺れているあれは……うさぎさんのお耳だわ。

「視界が悪いわね……オペラグラスじゃ駄目かしら。


 ハンドルのついていない、ちょっと無骨なデザインの双眼鏡(こっちは上のお姉ちゃんから借りたわ!)を取り出してみる。やっぱりあれはお耳ね。ふかふかしてそう。両手に何か持っているけれど、よく見えない。片手は書類のようだけど、濡れてしまって平気なのかしら。もう片手にはラッパのような……ラッパ……?
 女の子がふいにたちどまって、きょろきょろと辺りを見渡す。視線に気づかれたかもしれない。頃合いをみてやめるつもりだけど、お顔が気になるわ――

「!!」

 ぱち、と一瞬目が合ったような気がした。彼女はわたしに視線を向けずきょろきょろしているから、多分気づいていないのだけど。
 いいえ、そんなことより!
 肩の上でほわほわ揺れながら雫を含んでいる髪の毛とお耳、頬に髪がはりついたのを指で除けている。白くて柔らかそうなお肌と、あっちこっちを見つめるまんまるな瞳。アメジストみたいな、菫みたいな透明できれいな色をしてる。
 その目の色もさることながら、お顔が全体的にかわいい。
 とにかく、かわいい。かわいいというのは主観に寄った話かもしれないけれど、とびきりの美少女だ。この雨の中あんな美少女が、いったいどういうことなの。どんな事情があったら傘もささずに……。ついつい見入ってしまう。雨に濡れているせいか洋服が透けていて、ちょっとどきどきするわ。おっぱいおっきいのねあの子……。

 美少女はひとしきり辺りを見渡したあと、不思議そうに首をかしげてきびすをかえした。こんなにがっつり見つめてるのに気づかれなかったのかしら……もはや悲しい……。
 もっとよく顔を見たいな、と双眼鏡をしつこく覗いていると、彼女はそのまま向こうへ走り出した。

「えっ、あ、待って!」

 あの子とお話ししたい!
 双眼鏡をベッドに放り投げて、窓を閉める暇もなく部屋を飛び出す。階段を駆け降りながら「お姉ちゃん! お出かけしてくるわ!」「この雨の中どこへ?」「お友達のところ!」お友達予定だけどそこはいいわ!
 玄関に滑り込むよう座って、最速で靴をはく。あの子も濡れっぱなしでは風邪を引いてしまうし、お姉ちゃんの折り畳み傘を拝借して自分の傘を握る。まだ遠くに行っていないといいけれど、曲がっていなければ見えるくらいの距離でしょう。急げば追いつけるかも。
 スプリングが身体に仕込まれたみたいに、外に飛び出す。思ったより雨が降ってる。さっき眺めてたときより空も暗い。空気がどんより重たくて、髪の毛があっという間に湿っぽい。頬に張り付いてしまう。
 さっき彼女を見かけた方向に走り出してすぐ、視界の遥か先に真っ白な後ろ姿が見えた。傘をさしてない、ぴこぴこ揺れるお耳、豪華なお洋服。絶対あの子だわ!

「待って、待ってちょうだい!」

 わたしが傘を持っているせいか、あの子が身軽なのか、全然距離が縮まらない。うさぎさんのお友達はいなくないけれど、わたしあの子と知り合いたい。あんなにかわいい子、きっととっても優しくていい子に違いない。だって心が汚ければ、生まれ持った顔に関係なくそれは滲むもの。あの子は絶対に優しくて素敵な、幸せが似合う子だわ。友達になりたい。
 いつになく必死に走っているから、水がはねて靴を濡らしても気にならない。物語ではよく、なにかを夢中で追いかける場面があるけれど、本当に夢中になってしまうものなんだ。しらなかった。

「待って、お願い、ちょっとでいいから足をとめて、」

 折り畳み傘を握った右手を、ぴこぴこ跳ねる背に向かってのばす。
 そのとき、視界の右側がちか、と光る。

「――あ、」

 遥か先にいた彼女が、すっとこちらを振り向いた。




170218



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