2年越しの


「榎本、あの…」
俺の腕を掴んだ香坂は何かを言おうと一度口を開くが、躊躇うように唇を噛んだ。

「香坂?」

…何だろう。
すごい久しぶりに会ったのに馴れ馴れしく色々聞きすぎたか?

戸惑う俺をじっと見て、香坂は腹を決めたように口を開いた。

「2年前は、悪かった。ごめん」




2年前──
香坂の言葉に、中等部の頃の出来事がフラッシュバックする。

香坂はこの学園のことを何も知らなかった俺に、よく世話を焼いてくれた。最初は警戒心バリバリで心を閉ざしていた俺も、その献身ぶりにゆっくりと心を動かされた。お互い、同性同士の恋愛が珍しくないこの学園の雰囲気に抵抗心を抱いていたため、話がしやすかったのもある。仲良くなってからは小栗と3人で連むことも時々あった。

しかし、中等部3年に上がってから香坂の様子が急におかしくなった。俺に対して余所余所しい態度をとるようになり、あんなに同性同士の恋愛をしているクラスメイトを非難していたのに、部屋に見知らぬ生徒を連れこんで行為に及ぶようになった。おかげで俺は部屋に帰り辛くなって、小栗の部屋で寝泊まりすることが増えた。

我慢できなくなった俺が香坂に苦言を呈すと、「何で榎本に指図されなきゃいけないんだ」と逆ギレされ、関係は悪化し、香坂はあまり口も聞いてくれなくなった。当時はその香坂の理不尽な態度に不満しか抱かず、思い返すといつもムカムカしていたが、高等部にあがってみれば、自分が気付かない間に香坂に嫌われるようなことをしていたのかも…とも思うようになった。

あんなに一緒の部屋で同じ時間を過ごしていたのに、仲違いをしてしまえばその関係は桜のように儚いもので、高等部に上がってからはその姿を見かけることも少なくなった。この一種のトラウマにより、高等部1年に上がる際に1人部屋に決まった時は心底安心してしまった。

…そんなことのあった香坂が何故か今、俺に向かって頭を下げている。


「榎本は何も悪くないのに、ほんと酷い態度取った。ごめん」
頭を下げたまま、香坂はそう謝る。その声は若干震えていて、香坂が本気でそう思っていることが窺えた。その姿を見て、胸が締め付けられるように苦しくなる。

──まさか、こんな風に謝られる日が来るなんて。
当時抱いていた香坂への憤りや失望感は自分でも驚くほど影を潜め、ただただ頭を下げてもらっていることへの申し訳なさが胸に募った。
それだけ、2年という時間は長かった。

「香坂、顔あげて…」

懇願するようにそう言うと、香坂はゆっくり顔を上げた。視線が絡み、息をするのが苦しくなる。2年という時間は当時の負の感情を薄れさせたものの、香坂の存在の大きさは俺の中で変わっていないことを突き付けられる。それだけ今の状況は俺を動揺させた。

「…俺も香坂に自分のイメージを押し付けていた所もあったから…」

動揺しているのが丸わかりの声色で、呟くように言う。口の中がパサパサだ。体が熱い。
香坂の独特な視線が、俺を真正面から見る。香坂の圧の強い視線は俺の内側を全て見通しているような錯覚に陥らせる。

香坂はなぜか何も言わずに黙っている。

「…でもさ、その、2年前俺何か香坂に嫌われるようなことした?急に態度が冷たくなったから…。俺ご存知の通りボケボケの性格だから気づかないうちにそういうことしてたら教えて欲しいんだけど…」

香坂は本当に突然、態度を変えたのだ。その理由が分からなくて当時俺は悩みに悩んだ。
今ならその理由を聞き出せると思い、思い切って話を切り出すと、香坂は驚いたように目を見開いた。
そして気まずそうに俺から視線を逸らすと、ハア、と小さく息を漏らした。

「…好きだったんだ」

「えっ?」


──好き?誰が何を?
香坂はチラリ、と俺を見ると恥ずかしそうに赤面した。

「榎本のこと。好きで……、男に対してそんな感情を抱いた自分が怖くて。どんな態度取ったらいいのか分からなかったんだ」

前髪を手で乱暴にかきあげながら、「言うつもりじゃなかったんだけど」と小さく呟く香坂。
俺は香坂の放った言葉をゆっくり咀嚼する。ゆっくり時間を掛けて飲み込み、やっとその意味を理解した時、俺は顔から火を吹いた。

「ほんとごめん」
「えっと……、冗談だよね?」
「冗談じゃないよ」

大真面目な表情プラス強い口調で断言され、それが冗談ではないことを突きつけられる。

──は?
香坂が俺のことを好き?何で?
あんなに恋人を部屋に連れ込んどいて?普通好きな人にあんな場面見せる?…どういうことだ!?

頭の中がこんがらがってパンクしそうな俺を見て、香坂は可笑しそうに笑う。きつい印象を与える切れ長の目が細められ一気に柔らかい表情に変わる。それは同室だった時に俺によく見せていた表情で、懐かしさと嬉しさが一気にこみ上げてきてウッ、となる。

「今は…、俺恋人いるから、榎本とこれからどうなりたいとかじゃないんだけど、その…、また友達として仲良くして欲しいんだ」

「ダメ、かな」

俺の反応を窺うように香坂は言う。
あ、恋人いるんだ。じゃあもう俺に恋愛の情は抱いていないってことか。
ほっと安心して俺は胸をなで下ろす。

「ダメじゃ…ない」
「本当に!?」
「うん」

俺は香坂のこと嫌いじゃなかったし、むしろ好きだった。香坂が仲直りしたいというなら、俺がそれを拒否する理由は何も無い。

香坂は一気に緊張を解いたように短く息を吐くと、至極嬉しそうに笑みを浮かべた。その様子を見て、俺も胸の中がポカポカと温かくなる。香坂とはもうこうやって仲直りすることはないと思っていたから、正直めちゃめちゃ嬉しい。急展開にまだ頭の中が整理しきれてないけど。

「良かったら…これから一緒に食堂で夕飯食べないか?話したいことたくさんあるんだ」
香坂からの思いがけない嬉しい提案に、俺は即座に首を縦に振る。

「いいね!食べよう」
香坂は安心したように微笑む。

「じゃあ俺、一回部屋戻って着替えてくるわ」
「うん、じゃあ18時に食堂の前で待ち合わせしよう」
「了解!」

俺は鞄を片手に持ち直し、部屋を後にした。自室に向かうべく1人で廊下を歩く。その足取りは雲の上を歩いているかのように軽かった。

…結局鹿嶋くんの件は解決できなかったけど、次に取るべき行動が分かっただけ良かったとしよう。

談笑しながら廊下を歩く生徒たちとすれ違う。
その時、顔を赤く染めた香坂の顔が突然頭の中に浮かんで、俺は思わず赤面する。

──香坂が俺のこと好きだったなんて…。
全然気付かなかった。
今でも信じられないし、冗談を言って何かを誤魔化しているんじゃないかと疑ってしまう。でも冗談じゃないって真顔で言ってたし…。

「はあ…」

男に恋をするって、俺にはよく理解できないな。
偏見はないけど、抵抗はある。
その元々の原因は、父親のせいだ。カメラマンだった俺の父親は、俺が小5の時に男と浮気してるのがバレて、もともと仲がよくなかった母親と天と地がひっくり返りそうなほどの夫婦喧嘩を繰り広げた。その結果籍は抜かなかったが、事実上の離婚状態に至った。母親は荒れに荒れて、俺と小夜は色々と辛い目に遭わされた。あれ、父親と最後に会ったの、いつだっけ。
…その時から、男同士の恋愛に良いイメージはない。じゃあ父親のことがなかったら俺もこの学園の色に染められていたかと言われれば、そうとも言い切れないけど。

でも、人から好意を抱かれるのは素直に嬉しい。俺はここに居ていいんだ、生きてていいんだって少しでも思わせてくれる。
まあ、もう香坂は恋人がいるらしいから俺のこと好きじゃないらしいが。それでも、俺とまた友達としてやり直したいって言ってくれた。

──とにかく、仲直りできて良かった。
また香坂と気兼ねなく笑い合えることが出来るんだ、と思うと俺は自然と顔がにやけてしまった。




back 3/5 go


top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -