動揺


教室から出てきたのは、脇腹を手で押さえ前屈みになった1人の生徒だった。顔に殴られたような痕があり、痛そうに顔を歪めている。着衣も乱れていて、Yシャツはボロボロだった。鏡が「わっ大丈夫?」と声をかけ駆け寄るのを横目に、俺はその場から動くことができなかった。
俺は、彼の容姿に衝撃を受けていた。透き通るような白い肌に、長い睫毛で縁取られた大きな瞳。薄く小さな赤い唇。目元にあるホクロ。ツン、と上を向いた鼻。快活そうな印象を与える短めの黒髪…。髪型を除けば、彼は、俺の妹に怖いほどそっくりだった。

心臓が痛いくらいに鳴って、頭がズキズキ痛む。これは夢なんじゃないかと、目の前の存在を疑った。よろめいて、先程まで寄りかかっていた壁にぶつかる。鏡に支えられた彼がふとこちらを見た。視線が重なって、息を呑む。小夜が、いる。小夜が、俺を見てる…。
足がすくんで、床が落ちていくような感覚がした。しゃがみ込もうとする俺の腕を、誰かが掴んだ。

「朝」

その声に顔を上げれば、緑色の目が俺を捕らえていた。グレーに緑色が混ざったような綺麗な色。
律だ。何故か、律が俺の腕を掴んでいた。

「大丈夫か?」

律は走った後のように、息を切らしていた。その姿に俺は我に返り、律の腕を掴んで立った。

「なんで律がここに?」
「後で話す。それより…何があった?」

律が目の前の教室に視線を向ける。鏡に支えられ扉の近くに立っている生徒はもう俺から視線を外していた。俺は彼へ向きたがる視線を無理やり外し、教室の中を覗く。俺の予想とは裏腹に、中には誰もいなかった。窓が開いていて、風のせいでカーテンがバタバタと揺れている。

「誰もいない…」
「窓から逃げた」

ドキッとして、声の主を見る。妹にそっくりな生徒は真っ直ぐに俺を見ていた。その瞳に捕えられ、俺は瞬きもすることが出来ない。

「あんたらの声にビビって逃げたよ、アイツら」
「アイツらって?」
鏡が尋ねる。
「知らねー、最近付きまとってきてウゼーんだよアイツら…。…てか、あんた達誰?」
生徒はダルそうに頭を掻くと俺たち3人をぐるっと見回した。その問いに鏡が意気揚々と答える。

「俺は鏡尚弥。ほんとは3年だけど訳あって2年。で、こっちがえのちゃん。風紀委員だよ〜。で、そっちが…」
鏡は律を指差して固まる。そして「…誰?」との一言。律は眉を寄せて「こっちのセリフだ」と吐き捨てた。すかさず俺は間に入る。

「あ、俺の同室者の碓氷律。委員長の弟だよ」
「は、隼人の弟ぉ!?」
鏡はえらくびっくりして後ずさる。そして上から下まで律を舐め回すように観察すると、全然似てない…と呟いた。律は苛立ったように舌打ちをすると、こいつどうすんだよ、と生徒を指差した。指差された生徒はムッと眉をひそめる。

「あ、これから保健室行ってそのあと風紀委員室来てくれるかな?詳しい話聞きたいから」

生徒は嫌そうな顔をしたが、この場からは逃げられないと悟ったのか小さくうなずいた。彼は殴られたのか、脇腹を押さえ痛そうに屈んでいる。見兼ねて、鏡に保健室まで肩貸してあげて、と小声で言うとオッケー、とウインクと共に返ってきた。鏡は見た目のいい男が好きだから役得だろう。




保健室に着くと、生徒は1人もおらず先生が机に座って事務作業をしているところだった。事情を話し、芦名くんの怪我を診てもらう。
妹にそっくりな生徒は芦名秋太くんと言って、1年生だった。朝、下駄箱に手紙が入っていて、書いてあった場所に行ってみたら男子生徒が3人いて、レイプされそうになったのだと言う。この話は保健室に行く途中に聞いたのだが、聞いてる間、俺は心中穏やかではなかった。
喋り方や仕草は、全然妹に似ていない。なのに、顔があまりにもそっくりで、どうしても俺は芦名くんが妹に見えて仕方なかった。もうこの世にいないはずの妹に。

怪我の手当てを終えた時、芦名くんは急に「痛い!」と大きな声を出した。側で様子を伺っていた俺と律は目を丸くする。

「痛い、頭が痛い」
「大丈夫?」
養護教諭の卯月先生が心配そうに声をかける。芦名くんは頭を両手で押さえ、下を向く。

「病院行こうか?」
「いや、ちょっと寝たらよくなるかも…先生、ベッド貸して下さい」
「いいけど…」
眼鏡をかけた卯月先生はチラリ、とこちらを見る。俺は苦しむ芦名くんを見てられず、「寝かせてあげて下さい」と先生に言う。

「話聞くのは体調良くなってからでも出来るし…芦名くん、ゆっくり休んで」
そう優しく声をかけると、芦名くんは苦しげな表情を少し緩めて俺を見た。

「ありがとう…ございます、先輩」
芦名くんの大きな瞳が俺を映す。俺は変な気持ちになった。妙な高揚感に支配されると共に、胸がギュッと締め付けられる。嬉しい。苦しい。
この子を守りたい、笑顔にしたい、守らなきゃいけない…。

「おい」
ふいに腕を掴まれ、横を見れば律が訝しげな表情で俺を見ていた。

「さっきからボーっとしてっけどお前も診てもらった方がいいんじゃねえの?」
「え?いや、大丈夫だよ」
確かに芦名くんと出会ってから断続的な頭痛がしているが、診てもらう程でもない。

「じゃ俺たちは出よう。芦名くん、具合良くなったらここに連絡してくれる?」

俺はバッグからノートを取り出し、小さく切り取って俺の連絡先を書く。それを差し出すと芦名くんは分かりました、と言って受け取った。

「先生、よろしくお願いします」
「うん」

先生に浅く会釈をして、俺と律は保健室の外に出た。廊下には、壁に寄りかかってスマホをいじっている鏡がいた。




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