古い街並みの残る葵泉(きせん)市。市の中心街から離れた閑静な住宅街を更に進んだ先、竹林に囲まれた白壁のレトロモダンな建物がある。
 古書店“繊翳堂(せんえいどう)書店”。店主はこの春に大学を卒業したばかりの、結城梅月と言う青年である。
 つまり俺の兄さんで、繊翳堂は我が家なのだけれど。
 そもそも昭和の初め位まで、我が結城家は質屋を営んでいたらしい。今は亡き曽祖父が突然質屋を畳み、古書店を始めたのだ。質屋で相当稼いでいたらしい我が家は、葵泉市や他の町に多くの土地やら不動産やらを持っている。今のご時世、古書店だけでは少々心許ない場合もある。それを思うと大変幸運な事だ。兄に店を譲り、叔母の住むハワイに移る際に、祖父がかなり売り払ってしまったのだけれども。それでもまだ土地があるのだから驚きだ。
 けれど土地だけではなく、大学教授である父の稼ぎだけでもなく、我が家には充分な稼ぎがある。
 兄さん、梅月には、少し変わった力が備わっている。所謂“曰く付き”の品物に兄が触ればたちまち消えてしまう、憑き物落としの力。その力を頼りに社会的地位が高いお客さんが現れるのだ。社会的地位が高いという事は、つまり、そういうことだ。ピン札の札束が目の前に積まれた時は、ちょっと驚いたけど。(言うまでもなく、皆が皆ではない。寧ろ難癖を付けられる事の方が多い。あくまで極端な例だ)
 一方弟の俺はと言うと、人より若干…否、結構不運なただの高校生である。もはや特技と言えそうな程の不運ぶりなのだ。冗談じゃなく、盥が頭に直撃した事がある。ドリフかよ!と周囲に爆笑される事もしばしば。
 さて俺の不運によるものか、兄さんの“力”によるものか、はたまた葵泉市に問題があるのか。何故か俺たちの周りでは不思議な事が起きる。それも結構な頻度で。

 これは俺たち兄弟の、少し不思議な日常のお話。


<序 了>


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