小説 | ナノ


▼ Making a graveyard.

Attention!
死ネタです。


―――――

トラファルガー=ローが死んだ。
実にあっけない死だった。
まぁ、誰しも最後は必ず死ぬのだから仕方ないだろう。
残された俺はやけに冷えた目で、手の中の白い欠片を眺めている。
今はもうトラファルガーの断片となってしまったそれを。


ユースタス=キッドとトラファルガー=ローは幼馴染に近い関係だった。キッドがローの部屋に入り浸ったこともあれば、その逆もあった。お前なんか大嫌いだと互いに言いながら、年がら年中ふたりでいた。
「お前のそれ、痛くねぇのか?」
そっとローの耳のピアスに触れてそう尋ねると、ピクリとローの肌が震えた。金色に光るピアスを悪戯に弄っていると、「遊ぶんじゃねぇ」と不機嫌そうにローがキッドの手を叩いた。
「男でピアス開けてるやつはいるけど二つ付けてんのは珍しいって思ってよ」
「体に穴開けてる奴はいっぱいいるだろ。何ならテメェも開けてみるか、ユースタス屋。こういうの付けられっぞ」
 ホラ、と通りがかった店のピアスをローは取るとキッドの目の前に見せる。銀の小さな十字架の真ん中に、キッドの色でもある赤いガラスが上品に埋め込まれていた。
「こういうの、好きだろ?」
「あー……確かに。いいとは思う」
「じゃあ決まりだな」
 言うなりローは店の中に入ると、さっさと会計を済ませてしまった。滅多に見ないローの行動の早さにキッドが唖然としていると、包装紙を破ってローが先ほどのピアスを手にしていた。
「さ、ユースタス屋のファーストピアスも決まったことだし帰るか」
「はぁ? 待てよ、トラファルガー。俺はピアス開けるなんて全く考えてねぇんだけど」
「俺、一回他人の耳に針通してみたかったんだ」
「何サラッととんでもないこと言ってんだ、テメェ!」
「うるせぇな。俺はこれから医者になるんだから問題ねぇだろ。気を楽にしてろ」
「いや、むしろ問題しかねぇよ! せめて医者になってからやれ! つーかそういう話してんじゃねぇんだよ!」
 やってられねぇ、とキッドが頭を掻いて横を向く。未練がましそうな反目でローがこちらを睨んでくるが、生憎ピアスを開ける予定は無い。小さく舌打ちをしてローはキッドのジャンパーのポケットにピアスをねじ込んだ。
「テメェが買ったんだからテメェの耳につけろよ」
「そんなダセェやついらねぇ」
 自分で人に勧めといて酷い言いぐさだ。呆れつつも、ローの気まぐれに慣れているキッドは溜息で終わらせた。

今となっては、もうその溜息すら出せない。

ベッドの上に寝転び、握ったままで少し湿気た欠片を枕元に置く。
時計を見ると、とっくに日付は変わっていた。嘘みたいな欠伸をして、布団の中へ潜り込む。
トラファルガー。
声に出さずに名前を呼ぶ。
欠片がそれに呼応するように震えた。
そんな気がした。



     ***

「まだあんなモノ持ってるのか?」
小洒落たオープンカフェのテラス席に呼び出されたかと思ったら、キラーは開口一番にそう言った。
「あんなモノってなんだよ。今さら俺のゴーグルに文句つけてんのか?」
ホットコーヒー、ブラックで、と後ろにいた店員にキッドは声をかける。豆の種類について聞かれたが、面倒くさかったのでアメリカンと答えた。
「俺は知ってるんだ、キッド」
「あ? なに? 俺のセンスの良さにか?」
「残念だがそれは同意できない」
「ハッ、そうかよ。残念だな」
 話を逸らすな、とキラーは僅かに強い口調で言われ、観念してキッドは口を閉じた。
「お前とトラファルガー=ローの仲の良さは知っている。だからこそ――アレは持ってちゃいけない。捨てるなり、埋めるなりするんだ、キッド」
「はいはい、分かってるっつーの」
「分かってない。大体キッドはそうやっていつも……」
「あー、うるせー。お前は俺の母親かっての。やってらんねぇわな」
 キッドが席を立とうとしたところで、コーヒーがテーブルの上に置かれた。一口だけ飲むと、
「あとはテメェにやる、キラー」
 そんじゃあな。音を立てて今度こそ椅子から立ち上がり、すぐさま横の大通りに出て行く。後ろでキラーが名前を呼ぶ声がしたが、雑踏に紛れて聞こえないふりをした。
――アレは持っていちゃいけない。
「分かってんだよ、んなこと」



     ***

暇さえあれば、手の中でそれを弄んでいた。白い塊は毎日触っているせいか、妙に艶めきが増した気がする。
もういっそ穴でも開けてネックレスにしようかと考えたキッドだったが、キラーにバレたら面倒くさいのと、世間の倫理的にアウトなのでやめることにした。
どうしたもんか――、と蛍光灯にかざして目を細める。
捨てるのは論外として。
問題なのは無くしてしまうことだった。
小石ほどのサイズのそれは、小さいゆえに落としやすいし、ポケットに入れたまま洗濯することもザラにある。天国(に行けてるかは知らないが)のトラファルガーがそろそろ枕元に立ってもおかしくない。立っていてもキッドとしてはいいのだけれど。
ともかく。
「――ま、こうすんのが一番なんだろな」
 キッドは立ち上がり、机に一つだけある鍵付きの引き出しを開ける。中には筆記用具やら、いつのか分からないプリントや細々とした雑貨が詰め込まれていたが、全てを床の上にぶちまけた。
どうせ後で片付ければいい。



葬式の時を思い出す。
ローが死んだということを実感できないまま、泣くこともできずにキッドはローの横たわる棺桶の中に献花しようとした。実質、最後の顔合わせに、キッドは悲壮感を得ることはなかった。むしろ、逆に驚いたぐらいだ。
死化粧で穏やかな顔で眠るローの右耳にあったのは銀色の十字架。中央に真っ赤なガラス玉が、秘めやかに瞬く。
そんな。
そんな――ダサいピアスはつけないんじゃなかったのか。
「あの、早く退いてもらえません?」
 後ろに並ぶ人からの声で意識を取り戻し、すぐに横に逸れた。振り返ると、名残惜しむように赤が煌めいた。
 粛々と葬儀が進んでいく。
 気が付けば火葬場までキッドは同行していた。キッドとローがそれなりの長さを共にしていたのもあるし、ローの親戚が余りに少なかったこともある。
すっかり灰になり、小さな骨ばかりが残った台の上で、骨壷の中に骨が入れられていく。
ひとつひとつ、丁寧に。まるで精密機械を取り扱うような手つきで箸渡しをしていると、不器用な誰かがその箸を床に落とした。皆の視線が下に落ちる、その時だった。そっとキッドは右手――まだ残っている小さな骨をポケットに入れた。咎める声は聞こえなかった。
それから、残りの骨は壺に収められ、名前も知らないローの親戚の手に渡った。
それから先は知らない。

 ろくに掃除をしてないせいで引き出しの中は少し汚れていた。木のクズと消しゴムのカスを払いのけ、一応ティッシュで乾拭きする。
 その中に、かつてトラファルガー=ローを形成していた骨片と、今はもう片方しかないダサいピアスを置き、暗い机の中に戻して鍵をかける。
多分、もう二度と永遠に開けることはないだろう。
だってよ、とキッドが誰にともなく呟いた。

「テメェばっか俺のもん持ってって、ずりぃだろうが」


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