ラスト・ダンス | ナノ


▼ 立場

(凛視点)


 部屋の中へ入ると、肩を竦め顔を強張らせている日菜子と、いつも通りの伊織の姿があった。凛に続いて中へ入ろうとしていた彩未は立ち止まり、日菜子の顔を不思議そうにじっと見つめている。凛は気にせず二人の元へと近寄った。


「芹沢環じゃなくて悪いね、日菜子」
「わっ私は……! というか、第一声がそれですかっ」
「顔に残念、って書いてあるんだもん」
「こ、心の準備をしていたところだったので、丁度良かったです」
「ほほぉ」


 からかうようにして言うと、彼女はそんな凛の口調に気付いており、むっとした顔をする。もう一言くらい何か余計なことでも言ってやろうかと企んでいると、そんなことより、と横槍が入る。言葉を発した伊織の方に目線を移せば、じっと見つめ返された。訝しむような顔で。怖いってば。


「あいつはどうした」
「あいつ?」
「奥村だよ。お前が今日連れて来るべきは、彩未ではなく彼なんじゃないのか」
「え、いや、それはー……」
「奥村が居ないのなら、お前に呼び出しを掛けた意味がないな」


 昨日のことを考えれば、普通察するだろ、伊織は呆れたように溜息を吐く。昨日のこと、とは放課後凛と問題児である修人が一緒に居たところを、会長に見られてしまった時のことを指している。あれは、本当に運が悪かった。と言うより、彩未から伊織を待っていると聞いた時点で、修人をさっさと解放してやれば良かったのだ。彼はこうなることを察し、自分は帰ると言っていたのに。そこで引き留めてしまったのは凛だった。


 そう考えると、凛はどちらの味方なのだろう。彼を引き留めたのは意図的でなかったにせよ、生徒会側に付くような行動だった。そもそもの話。一応凛は風紀委員である為、どちらに付くも何も会長の言うことに従っていれば良い話なのだが。しかし今まで散々修人のことを見逃しておいて、そこで急に手の平を返すというのも酷な話だ。それならば、最初から、屋上で初めて修人を見つけたその日から。素直に生徒会室へ連行していれば良かったのだ。今の凛はどっちつかずだ。


「伊織ってば! 察しろ、なんて都合の良い言い訳だよ!」
「何だ、彩未。急に」
「何を揉めてるのかは知らないけどさ。言葉で伝えないと分かんないこともあるじゃんっ」
「あー、はいはい。知らないなら黙っててくれ」
「ぶぅ! そうやって子ども扱いして、あしらおうとする!」


 いつの間にか傍まで来ていた彩未が、やたらと伊織に絡んでいく。まあいつものことと言えばいつものことなのだが。庇ってくれた彩未の気持ちは嬉しいが、凛はきちんと察していた。風紀委員であるという立場も分かっていた。


「ま、まあ良いじゃないですか。今日はもう……必ず今日中に話し合わなければならない、なんてこともないですよね……?」
「浅倉。俺はそんなことに拘っていない。野崎が風紀委員としての立場を分かっているのかと疑念を抱いた。それだけ」
「でも、友達だから……連れて来づらかったのかも」
「日菜子。前も言ったけど奥村とは友達じゃないよ。今日も捕まえるのをすっかり忘れてただけ」
「そう、なの……?」
「会長。今からあいつ連れて来るよ。多分屋上に居ると思うから」
「あ、おい。野崎、」


 凛は伊織の言葉の続きを待たず、生徒会室を飛び出した。その足は迷わず屋上へと向かう。


 風紀委員会に入った最初の頃は、何の考えもなくただただ仕事として修人の姿を探していた。見た目は目立つし、色々な噂は耳に入って来るし、ガチもんの不良だったらどうしよう。出来れば見つけてしまいたくない、そんな思いで手を抜いていたのを覚えている。


 ついに普段は施錠されている屋上で、彼の姿を見つけた時には心臓が飛び出そうだった。何を考えているのか分からないポーカーフェイス。身長も周りの男子に比べて幾分か高かった。その雰囲気に威圧感さえ感じ、鼓動は早くなるばかりだった。


「懐かし……」


 ふ、と笑い階段を上り切る。屋上へ続く重そうな扉。ドアノブに手を掛ければ、ガシャン、という音が響くだけで扉は開かない。施錠されている証拠だ。凛はポケットから鍵を取り出し、差し込んだ。


"飴やるからチクんないでよ"
"ふふ、奥村って思ったより怖くないんだね"
"俺はお前にビビってるよ"
"なんで?"
"風紀委員だから"


 話している内に緊張はなくなった。会うのが楽しみになった。顔を見ると嬉しくなった。最近では不思議なことに、また少し緊張するようになった。


「……いない……」


 重い扉を押し、辺りを見渡したが、予想外だった。いつもの場所に、修人の姿がない。どうしよう、ここでないなら分からない。少しの焦燥感を抱きつつ外へ出る。やはり彼の姿は、ない。帰ってしまったのだろうか。それは困る。


 凛は柵まで近づいて、広い校庭を覗き込んだ。修人がまだこの何処かにいる気がした。

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