ラスト・ダンス | ナノ


▼ 放課後の娯楽

(伊織視点)


 目の前で、うるさいチワワが吠えている。その斜め後ろでは、不満げな顔をした柴犬が伊織の方を凝視する。どちらも全く怖くないわけだが、そろそろ限界だ。耳が。


 いつもならばこの空間には伊織と柴犬の二名しか存在しないのだが。ああ、犬なのにこの数え方は可笑しいか。一人と一匹しか存在しないのだが。たまにやってくるのだ。今回のように、厄介な子犬たちが。


 同じ体勢でいるのも疲れてきたので、背もたれに体を預け思い切り伸びをする。部活や同好会に所属していない伊織にとって、この場所こそがホームグラウンドだというのに、どうしてこうも周りの連中はうるさいのばかりなのだろう。うんざりした目で真ん前のチワワの方を見れば、「あ、聞いてなーい!」なんて耳元で叫ばれた。うるさい。


「聞いてる聞いてる。お前の要望は却下だ」
「何その適当な感じ! 生徒会長なら、もっと生徒の言葉に耳を傾けるべき!」
「ならもっとマシな願いを持ってこい。雑談同好会を作りたいなんて、恥ずかしくて上に申請もできませーん」


 肩を竦め、茶化すように言えば目の前にいるチワワ――改め八坂彩未は頬を膨らませ睨んできた。正直こんなことで睨まれてもな。伊織は自分が間違ったことを言っているとは思わない。生徒会室に飛び込んでくるなり「新しい同好会を作ってほしい」だもんな。内容によっては考えてやっても良かったのだが、何せ彼女が提案したのは雑談同好会だ。許可するわけにもいかないだろう。昼休みの延長で事足りる。


 同意を求める為に伊織は柴犬、改め浅倉日菜子に目配せをする。彼女は一瞬困ったような表情をしたが、咳払いを一つ落とし彩未の方を見た。


「わ、私も! 会長に同意です。雑談なら、昼休みや放課後に、各々が自由にすればいいかと……」
「うぅう、日菜子は生徒会に身を売ったんだね……」
「い、嫌な言い方やめて下さい!」
「ねぇ伊織ってば! 私達の仲じゃん!」


 ……また矛先がこちらへと向いた。溜息をつき二人のことを交互に眺める。彩未は真剣な表情で訴え掛けているが、日菜子の方は壁に掛けられた時計を気にしていた。そう言えば、彼女は昼休みと放課後に流される、放送部の放送を楽しみにしていたのだったな。先ほど不機嫌そうな顔でこちらを眺めていたのは、このやり取りが放送の時間まで食い込んでしまうことを危惧した為か。そう考えれば合点がいく。


「ちょっと! 聞いてますかー」
「……活動内容と目的は」
「え?」
「え、じゃないの。考えなしに同好会を乱立させるわけにはいかないの。つーわけで、今の回答をレポートにまとめて三日以内に提出しろ。その出来栄え次第では考えてやる」
「………………」


 予想通り。彩未は頭の上にタライが落ちて来た、みたいな顔をして固まっている。そんな彼女ににっこりと笑いかけ、「お引き取りを」と告げた。彩未はそのまま言葉を発することなく、生徒会室を出て行ってしまった。やはり大した理由などなかったのだろう。それに、レポート課題は彩未が苦手とする分野だ。返す言葉がなかったみたいだな。


 心配そうな表情で、扉の方を見つめている日菜子の方へと目線を移す。彼女は働き者だが、優しさが邪魔をしてあのような生徒を突き放せない性分なのだ。まあ怒ると怖いのだが。伊織は日菜子へと声を掛ける。


「気にすんな、浅倉。数時間後にはケロッとしてる」
「従兄弟、だもんね。パターンは把握済みですか」
「……それより、良かったな。放送前に静かになって」
「え? えっ?」
「放送終わるまで静かにしててやるから、ちょっと眠らせて」
「ちょ、ちょっと八坂くん! まだ仕事が……」


 ……開始三分前、か。彩未を追い返すことも出来たし、日菜子の機嫌を直すことも出来た。我ながら、この手腕に感服してしまうな。おやすみ。

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