ラスト・ダンス | ナノ


▼ 絶対的存在

(伊織視点)


 放課後。生徒会室内は日菜子が端から端を駆け回っているせいでうるさかった。年度末かってくらい掃除して。給湯室の茶葉までワンランク上のものに変わっていた。ここまでくると、呆れて何か言う気にもならない。


「良し……だいぶ綺麗になった! あとは八坂くんの机だけですね」
「あのな浅倉」
「あぁ!」
「……何だ」
「茶菓子を買っておくのを忘れました……」
「芹沢は遊びに来るわけじゃないぞ」


 日菜子は目をパチクリさせて伊織の方を見つめてきた。そしてその数秒後には、その顔は絵に描いたように真っ赤に染まっていく。そこまで純粋無垢な反応を見せられると困ってしまうが。少しの沈黙のその後で、彼女は誤魔化すかのように、せめて机の上の資料片付けて下さい! と指をさしてきた。話を逸らされたか。


 渋々引き出しからファイルを取り出す。伊織にとっては少し散らかっているくらいの方が、仕事をする上で万全な態勢と言えるのだが。


「機材を貸してやるんだから、俺たちは逆にもてなされても良いくらいだ」
「わ、私はもてなしてるつもりなんか無いですからね。ちょっと掃除して、お茶出して、お菓子を用意しようとしただけじゃないですか」
「ちょっと、ねえ。まあ良い、好きにしなさい」


 軽くあしらうように言ったつもりだったが、日菜子は顔を明るくさせ、はい! と頷いた。こういう単純なところは、彩未に似ている。入学当初、この二人が仲良くなった時には驚いたものだが。今では妙に納得できる。


「あ、そこの窓。カーテンの生地がほつれ掛かってますね」
「そうか。よく気付いたな」
「私のクラス今日家庭科があって……裁縫セット持ってるんです。直しましょうか?」
「そこまでしなくて宜しい」
「でも……一度気になっちゃうととことん気になっちゃって」
「後で備品購入の申請を出しておく」
「……やっぱり八坂くん、針が苦手なんですか?」
「は、」


 鏡を見なくても分かるが、この時の自分は相当の間抜け面をしていたと思う。それが図星だったとか、そういうことではない。日菜子の飛躍した発想と、「やっぱり」の意味が分からなかったからだ。彼女の前で針が苦手な素振りなど見せたことがないし、実際伊織は先端恐怖症でも何でもないからだ。伊織の反応に日菜子は失言をしたと勘違いしたのか、咄嗟に口を押えて「ごめんなさい」と謝ってきた。何だこれは。


「待て待て。勝手な解釈をするな」
「違うんですか?」
「全くもって違う。何故そんな発想になったのかが不思議だな」


 眉を寄せ言い切れば、今度は日菜子が間抜けな顔をしてこちらを見てきた。そして小首を傾げながら、彩未が昨日言ってたじゃないですか、と。彩未が? いつの話だそれは。


「ほら帰りの電車で。献血に付き合ってくれないーって」
「……ああ……そんなこと、言ってたような気もするな」
「針が怖いわけじゃないなら、たまには付き合ってあげたら良いと思います」
「結構な言い草だな。今までの人生、どれだけあいつの我が儘に付き合ってきたか」
「でも、嫌じゃないんですよね……?」


 何に対しての「嫌じゃない」だ。聞き返すのが煩わしかった為、とりあえず彩未に付き合うことに対してだと解釈しておく。答えはしないが。


 それにしても、ここで昨日の献血の話を持ち出してくるとは。日菜子もどうでも良いことを覚えているものだ。伊織なんて既に忘れかけていたというのに。


「……ま、先端恐怖症ということにでもしておいてくれ」
「え?」
「足音が聞こえるな」


 話を逸らす。廊下から足音が聞こえてきたのは本当だ。二人分だろうか。日菜子が肩を竦め、固まるのが分かる。しかし、残念ながら彼女が期待する人物ではないだろう。恐らく。少しすると、部屋の扉が勢いよくノックされた。


「や、八坂くん。心の準備が」
「芹沢ではないと思うが」
「え? どうしてです?」
「放送部員を引き連れて来るんだ。二人分の足音ではさすがに少なすぎるだろう」
「別々に来たのかも」
「だとしても芹沢ではないな。ノックの仕方が昨日に比べ乱暴過ぎる」
「そ、そっかぁ……」


 伊織がどうぞ、と告げれば扉が躊躇いなく開かれ、野崎凛と八坂彩未が顔を覗かせた。やはり芹沢環ではなかった。

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